「……」
「寂しいですの」
「分かった。すぐに戻るよ」
もうなんて言われてもいい。ミーアが可愛くて仕方ないのだ、俺は。
執務室で黙々と仕事をこなしていると、扉が開いた。ふと視線だけそちらに向けると、ミーアが立っていた。
「ミーア? どうかしたか?」
「……ヴィニーが戻ってこないので……お仕事の邪魔をしてしまいました。ごめんなさい」
しょんぼりと、ここへ来たことを少し後悔している様子のミーアを、部屋に入るよう促す。とぼとぼと入ってきたミーアが暖炉のそばにちょこんと座る。
「邪魔ではないよ。ただ、もう少しで終わるから、それまで我慢していなさい」
「……はい」
猫耳が垂れている。最近分別がついてきたミーアは、昔のように無邪気に仕事を邪魔してじゃれてくる、ということをしなくなった。その変化に、うれしいやら寂しいやら、である。
かりかりと書類にサインをしていると、ミーアはぼそっと呟いた。
「ヴィニー」
「なんだい?」
「あの、あの……」
「どうした?」
なんだか、言いたいが言いにくいことを抱えているようだ。不思議に思い首を傾げて続きを促すと、ミーアは思いつめたような顔で呟いた。
「雪に、触ってみたい、です……」
「……」
「あの、外に出てはいけないことは分かっているんですの」
「……」
「でも、この間マーガレットに、雪の結晶の本を借りて……それで……」
俺は、最後の書類にサインをして、立ち上がる。ミーアが、びくっとおびえたように俺を見た。
不安げな顔のミーアを抱え上げ、執務室を出る。
「あの、ヴィニー」
「雪の結晶を見るには、黒い紙のようなものがあるといいんだけど……そんな都合のいいものがあるかな」
「!」
ミーアが目を輝かせ、きゅうっと抱きついてきた。最近成長してきた胸が当たる。ううん、メイドに頼んで、下着をつけさせよう。
執事の部屋の扉を開けると、休憩していた使用人がばっと居ずまいを正した。
「ご主人様、何かご用事で?」
「ああ、黒い紙がないかと思ってね」
「黒い紙……少々お待ちくださいませ」
使用人が棚をごそごそとあさり、厚紙を持ってきた。
「このようなものでよろしいなら……」
「ああ、じゅうぶんだ。ありがとう」
黒い厚紙を受け取って、俺は抱えていたミーアを廊下の床に下ろした。厚紙を見たミーアは、きらきらした瞳でそれを見ている。
「これで、雪の結晶が見れるんですの?」
「たぶんね。外は寒いから、着替えよう」
「はいっ」
寝室に戻り、外套を着込む。ミーアは外に出ないので外套を持っておらず、俺のものを着せて、毛糸の帽子を猫耳が隠れるようにすっぽりとかぶせ、庭に出る。
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