目が覚めた。ゆっくりと窓の外を見ると、真っ暗だった。時計を見る。夜中の二時だ。
 天蓋つきのベッドの中で、私はぼんやりしていた。視界は、天蓋から垂れる蚊帳のせいでぼやっとしているけれど、たぶん、それだけじゃない。
 長い長い夢をみていた気がする。
 メモリの中にない記憶をたどって、旅をしていた。ひとつずつ大切に拾って、太陽に透かしてみせて、自分のものにする、そんな旅を。すべてのかけらが簡単に手に入るわけじゃない、とても大変なところにかけらが落ちていたりもした。けれど、それらをちゃんと私は拾い集めた。拾い集めてしまったのだ。

「……ヴィニー」

 名前を呼ぶと、頬を生温い何かが伝った。扉がおもむろに開いた。

「ああ、起きたのか」
「ヴィニー」
「夕食を食べずに眠っていたと、メイドから聞いた」
「ヴィニー」
「やっぱり、具合が悪かったんじゃないのか?」
「ヴィニー……」
「どうしたんだい?」

 ヴィンセントさまの細い腰に抱きついた。
 どうして忘れていたのだろう。あの記憶。ああ、思い出さなければたぶん、ずっと幸せだったはずなのに。ヴィンセントさまは私じゃなくて、私がそっくりな。

「ミーア?」
「違います。私、メアリです」
「……」

 ヴィンセントさまが息を飲んだのが、手に取るように分かった。

「あたたかい手も、笑顔も、ヴィニーでした。ジャズを聴かせてくれたのも、チェスを教えてくれたのもヴィニーで、でも、それは、私がメアリさまだったから」
「思い出してくれたのかい?」
「忘れたままが、よかったのです」

 ヴィンセントさまが優しく微笑んで、私の頬を撫でてくれた。それがくすぐったくて首を竦めると、眠たくて重かったまぶたにキスが落とされた。

「おかえり、ミーア」

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