天蓋つきのベッドの中で、私はぼんやりしていた。視界は、天蓋から垂れる蚊帳のせいでぼやっとしているけれど、たぶん、それだけじゃない。
長い長い夢をみていた気がする。
メモリの中にない記憶をたどって、旅をしていた。ひとつずつ大切に拾って、太陽に透かしてみせて、自分のものにする、そんな旅を。すべてのかけらが簡単に手に入るわけじゃない、とても大変なところにかけらが落ちていたりもした。けれど、それらをちゃんと私は拾い集めた。拾い集めてしまったのだ。
「……ヴィニー」
名前を呼ぶと、頬を生温い何かが伝った。扉がおもむろに開いた。
「ああ、起きたのか」
「ヴィニー」
「夕食を食べずに眠っていたと、メイドから聞いた」
「ヴィニー」
「やっぱり、具合が悪かったんじゃないのか?」
「ヴィニー……」
「どうしたんだい?」
ヴィンセントさまの細い腰に抱きついた。
どうして忘れていたのだろう。あの記憶。ああ、思い出さなければたぶん、ずっと幸せだったはずなのに。ヴィンセントさまは私じゃなくて、私がそっくりな。
「ミーア?」
「違います。私、メアリです」
「……」
ヴィンセントさまが息を飲んだのが、手に取るように分かった。
「あたたかい手も、笑顔も、ヴィニーでした。ジャズを聴かせてくれたのも、チェスを教えてくれたのもヴィニーで、でも、それは、私がメアリさまだったから」
「思い出してくれたのかい?」
「忘れたままが、よかったのです」
ヴィンセントさまが優しく微笑んで、私の頬を撫でてくれた。それがくすぐったくて首を竦めると、眠たくて重かったまぶたにキスが落とされた。
「おかえり、ミーア」
prev | list | next