大事なことを言うときは、言葉を慎重に選んでしまうから片言になりがちだ。そんな自分が、ヒューマンペットとして落第のような気がしてなんだか嫌だ。
 ヴィンセントさまは、そんな私のおぼつかない言葉に熱心に耳を傾けてくれる。

「デジャヴ? たとえば?」
「ヴィニーがお仕事忙しくしているときや、こうして撫でてくれるときとか、昔、誰かが同じことをしていた……気がするんです」
「……」
「マーガレットは、それはみた夢と無意識で重なっているだけって、言うんですけど、そういうのとは、ちょっと違う気がするんです」
「……どう違うのかな」
「ええと……」

 零したミルクを嘆いても無駄である。ということわざを昨日習った。つまり、一度発した言葉は撤回できない、ということだ。だから、言葉は選ばなくちゃいけない。

「私いま、記憶、積み重ねていくことできます。それ、思い出になります。でも、そうじゃなくて、もっと昔の思い出……ヴィニーよりもずっと前に、頭を撫でてくれたり、チェスをしてくれたりした人がいたような気がするんです……」
「……もう少しかな……」
「え?」
「その人は、どんな顔で、どんな声をしていた?」

 考える。必死で、メモリの中の記憶をあさる。これじゃ駄目なんだと気付く。このメモリの中に私のあの記憶はない。じゃあどこに、私はどこで、どうやって、このデジャヴを保管しているんだろう?

「……ヴィニー」
「うん」
「分かりません」
「ミーア」
「ごめんなさい」
「泣かなくていい」

 ヴィンセントさまが、私の耳をゆっくりと指でなぞって、抱きしめてくれる。私は、原因不明の涙をぼろぼろと流してヴィンセントさまにしがみついた。
 生理反射で涙が出ることはある。けれど、こうして気持ちが高ぶって泣いてしまうなんて、ヒューマンペットにはありえない。だって私たちに感情はないのだから。そう思っても、流れるものはとどまることを知らないのだ。

「ヴィニー、ヴィニー」
「大丈夫だよ」
「ちが、私、ちがう」

 人間は、どこで記憶するんだろう。思い出すのだろう。私は人じゃないけれど、きっと、人がやるように記憶をしているんだ。メモリじゃない、どこか、きっと心という場所で。
 私の心に居座る人は、あなたは誰?

 ◆

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