心の在り処

 この屋敷に来て、一年が経った。整備士のヘンリーとも、メイド長のレイラとも、仲良くなった。
 ヴィンセントさまは最近お仕事が忙しいみたいで、あまり構ってくれない。私は、次々と書類に目を通してはサインをしていくヴィンセントさまの動きを目で追いながら、ふらふらと尻尾を揺らす。

「ヴィニー」
「なんだい」
「……なんでもないです」

 最近の私はおかしい。前にも、こうしてふらふらと尻尾を揺らしながら、誰かの慌ただしい仕事の様子を眺めていたことを思い出すのだ。思い出す?
 思い出すってなんだろう、変なの。
 そういうの、デジャヴって言うのよ。と、新入りメイドのマーガレットに教えてもらった。夢をみて、その光景を現実にかぶせて見てしまう、ある種の勘違いのことなのだとか。
 だからきっと、ヴィンセントさまの忙しそうにしている姿を、私は夢でみたのだ。それでデジャヴを感じているのだ。
 私が、毛足の長いじゅうたんにへたり込んで指で丸を描いていると、ヴィンセントさまが立ち上がって私を抱き上げた。

「ヴィニー?」
「休憩だ」
「遊んでくださるの?」
「ああ、最近構ってやれなかったからな」

 最近、ヴィンセントさまは私にチェスのルールを教えてくれた。まだまだ弱くて全戦全敗だけれど、マーガレット相手にこっそり練習しているから、きっといつかヴィンセントさまに勝てる日がやってくる。

「強くなったな、ミーア」

 今日も敗けてしまったけれど。

「そうですか?」
「誰かさんと特訓でもしているのかな、ふふ」
「……」

 ばれていたみたいで、少し恥ずかしい。唇を尖らせて下を向くと、くしゃくしゃと髪の毛を撫でられた。
 あ、またデジャヴ。このてのひらと、温度。そして顔を上げれば。
 やっぱり笑っている。私、ヴィンセントさまに買われる前にきっと、誰かにこうしてもらったことがある。でも、それが誰だったのか思い出せない。研究所でそんなことをしてくれた人はいなかった。
 ヴィンセントさまは、何も言わない。ただ優しい顔で私の髪の毛や頬や耳をくすぐってくれる。

「……ヴィニー」
「なんだい?」
「デジャヴ」
「え?」
「私、思い出、ありません。でも、デジャヴあります……」

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