「仕方ないですよ。なんせ、ミーアは研究所で一度肉体的に死んだので」
「何だって?」
「僕も詳しくは知りません。でも、ミーアの身体自体が廃棄される寸前まで壊れてしまったんですよ。何度か整備士として協力しましたが、チップの暴走が起こったらしくて脳の組織にまで影響が出てしまって。チップは替えがあるけど、ミーアの母体自体はひとつしかないので、今では脳も人工です」
「どうして壊れたんだ」
「知りませんってば」

 久しぶりに屋敷に来たヘンリーは、ミーアを見て目を丸くした。そして、俺にじっとりとした目を向ける。
 ミーアが俺のことを一切覚えていないことを愚痴れば、そう返ってきた。詳しく聞きたいところではあるが、無理もない、整備士というのは研究所の一部門であり、研究所自体が大きな会社だとすれば、違う種類の仕事をしている部門のことには精通していないのが当然だ。
 異常なし、との報告をしてついでに世間話に興じていると、ミーアがとことこと部屋に入ってきた。

「ヴィニー、これ」
「ん、どれ?」
「レイラがくれたんですの」
「そう、きれいだね」

 ミーアのてのひらに乗っていたのは、最近街で流行っている丸い大振りなビーズのピアスだった。それを手にしているミーアは若干戸惑っているようだった。

「どうしたんだい?」
「これ、なんですの?」
「ピアスと言ってね、耳に穴を開けてつける、アクセサリだよ」
「……それって何か意味があるんですか?」
「お洒落だよ」
「おしゃれ……」
「綺麗に着飾ること」

 ミーアはしげしげとピアスを眺めている。

「お洒落をしたいと思うかい?」
「ヴィニーはどう思いますか?」
「俺? そうだね……ピアスなんかしなくても、ミーアはじゅうぶん可愛らしいから」
「そうですか? じゃあ、いらないです」

 レイラに返してくる、と言ってミーアは部屋を出て行った。
 一部始終を見ていたヘンリーが、ため息をつく。

「ずいぶんと言葉を覚えましたね」
「飲み込みがいい」
「まあ、脳も人工ですし」
「……人の心は、どこにあると思う?」
「心?」

 ヘンリーが素っ頓狂な声を上げて、俺を軽く睨んで腕を組む。

prev | list | next