「アランさま?」
「あ、ああ。……すまない」

 秘書に声をかけられ、我に返る。彼は心配そうに瞳を歪め俺を見ている。

「このところあまり睡眠もとられていないようですし、お疲れでしたらこの書類は明日まで大丈夫ですので、今日はもうおやすみになられては?」
「そうしたいところだが……今日できることを明日に回すな、というのが父の教えでな」
「はあ、しかし」
「アルバート、余計な口を挟むな」
「申し訳ありません」

 あの日ミーアを失ってから、ろくに眠れない日々が続いていた。夜ベッドに入ればそこにあったはずの体温がない。それがこんなにも不眠にかかわるとは思いもしなかったが、よく考えれば、メアリが逝ったときもそうだったのだ。そう、メアリを亡くし、荒み切っていた俺の心を癒してくれていたのは、まぎれもなくミーアだ。
 メアリと同じ顔をして、メアリよりもあどけなく笑う。
 ひとつの大きな街をまとめ上げるほどの権力を持っていても、国立研究所には遠く及ばない。眠ったままのミーアを俺から奪い去った奴らの感情のまるでこもっていない目は今でも忘れない。隣で、涙を隠すように俯いていたヘンリーの顔も。

「アランさま」
「……ああ」

 ミーア、俺の大切なミーア。いつしか彼女はメアリという殻を破って、ミーアとして俺の前に存在していた。メアリを忘れたわけではない。ただ、愚かしくも、俺はヒューマンペットに恋をしていたのだ。

「くそっ……」
「アランさま、やはり本日はもうやすまれては?」
「……そうする。この書類に判を押しておいてくれ」
「かしこまりました」

 寝室に続く扉を開けて、ベッドに座り上半身を横たえる。俺が仕事を終えるのを、話し相手に飢えて待っていたミーアがいない。マットレスに拳を埋めて、低く呻く。

「……ミーア」

 ヴィニー、なんですの?
 そんな声が、今にも聞こえてきそうだった。

prev | list | next