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「雪やー!」

 年末、東京に雪が降った。異常気象である。が、楽しいもんは楽しい。あたしは、寒いのが苦手なのでものすごい重装備をして外に出かけた。
 途中でブラックコーヒーを自販機で買ってカイロ代わりにしながら、近所の公園を目指す。街はしんと静かだ。さくさくとあたしの足音だけが響いている。雪は降り続いている。

「はー、さむさむぅ」

 あーちゃんは今頃起きただろうか。こう見えてあたしは寝つきもいいし早起きの名人なんだぜ。
 公園に着くと、誰かがベンチに座っていた。よくよく見ると、それが東堂くんであるらしいことが分かった。何このラッキーチャンス! 早起きは三文の徳だよー!

「東堂くん?」

 東堂くんがこっちを振り返る。あたしは駆け寄って、立ち上がった東堂くんの隣にちゃっかり回り込む。

「偶然だね、お散歩?」
「うん、まあね」

 そのまま話は弾み、東堂くんといろんなことを話した。
 東堂くんの家はシングルマザーでお母さんはバリバリのキャリアウーマンで今アメリカに単身赴任しているからいつも家にひとりだということ、それから、豆太郎という名前のシベリアンハスキーを飼っていること、暑がりなので、今日みたいな天気の日は機嫌がいいということ、好きな食べ物は甘いカレーということ、コーヒーはブラックで飲めないということ、諸々。
 東堂くんと散歩しながら、あたしはあれこれ聞いたし、聞かれた。

「へえ、弟いるんだ、いくつ?」
「中三! 年子なんだけど、これが生意気でねー」
「あはは、仲いいんでしょ、ほんとうは」
「まあねー」

 しんしんと雪はあとからあとから降ってくる。気がつけば、東堂くんの家の近くまで歩いてきていた。

「意外と家近かったんだね」
「そうだね、知らなかった」
「どこ中?」
「南中」
「あー、あたし北中だったからなー」
「真中さんもしかして、近いからって理由で北高選んだ?」
「うん」

 東堂くんが吹き出した。まったくこの野郎懲りてないな、笑うなんて失礼千万! 東堂くんの腕を軽く叩くと、ごめん、と笑いながら謝られた。こ、この野郎……照れるじゃねーか!

「じゃあ、俺んちここだから……あ、送っていこうか?」
「あっ、平気平気! 近いし」
「でも、まあ雪だしいないとは思うけど、不審者とか出たら危ないし、送っていくよ」
「か、かたじけない!」
「かたじけないって……」

 また東堂くんが笑う。いったい何が面白いというのだろう。

「真中さんって、けっこう面白いね」
「ハッ! どこが!」
「膨れないでよ」

 コートのポケットに手を突っ込んで、東堂くんが覗き込んでくる。そのあまーい茶色の瞳に、どぎまぎしてしまう。ああああ、あたしこんなんじゃなかったのに! いつの間にこんな恋する乙女みたくなっちまったんだよー!
 頭を抱えていると、上から心配そうな声が降ってくる。

「大丈夫? 頭痛いの?」
「いやっ、全然、平気です!」

 東堂くんの家と我が家はほんとうに近くて、すぐに着いてしまった。もっとお話したかったんだけどなー。
 そう思っていると、カラカラと窓が開く音がした。上を見ると、あーちゃんが眠そうな顔をしてあたしたちを見ている。人相最悪!

「……弟くん?」
「あ、うん。ごめん、人相悪い上に金パで」
「顔、似てるね。そっくりだ」
「そんな! 冗談じゃない!」
「こっちこそ冗談じゃねーわ!」

 あゆむがパシーンと窓を閉めてカーテンを引いた。あの野郎……あとでこってりしぼってやる。

「弟くん、反抗期だね」
「んー……まあね」
「じゃあ、また学校で」
「あ、うん! 送ってくれてありがとう!」

 遠ざかっていく東堂くんの背中を見届けて、あたしはへにゃへにゃににやけた顔で家に入った。あーちゃんがちょうど階段から下りてくるところだった。

「あーちゃん! 東堂くんの前でなんてこと言うんだよ!」
「ほんとのことだろーが。……あれがキラキラ王子?」
「そうだよー。格好いいだろー」
「……はいはい」

 呆れたような表情のあーちゃんを締めるべく、あたしはニーハイブーツを脱いだのであった。


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