素直じゃない夜 1


「……渉くん?」
 がやがやとやかましい、薄暗い店内で、たしかに名を呼ばれる。名前にくんを付けて呼ぶ奴なんて一人しか知らないし、そいつがここにいても何ら不思議なことはない。人の出入りが多い駅前の有名チェーンの居酒屋なのだ。そして俺の座っている席は入口からほど近く、通路側だった。
 曖昧に笑みを浮かべながらも振り向くと、そこにはやっぱり未央がいた。
「知り合いか?」
「さては噂の彼女じゃないの〜」
 すっかり出来上がっている連れどもが茶々を入れ出す。俺は、どうにもこうにも居心地が悪くなって首を横に振る。
「そんなんじゃねーよ! 幼馴染!」
「こんな可愛い幼馴染を俺たちに紹介しないとは……」
「お前がこんな隠し玉持ってたとはな」
 未央の連れであろう女の子たちが、立ち止まった彼女を少し遠くから呼んでいる。
「未央、友達呼んでるぞ」
「……うん」
 未央は、俺にちらりと視線を投げかけて友達のほうに駆けて行った。ほっとため息をつくと隣で飲んでた野村がぼそっと呟いた。
「例のか」
「な、何の話です」
「いや」
「野村、例のって何のこと!?」
「例のとか言っちゃうような関係なの、やっぱ!?」
 今日は同期の野郎飲みだ。
 何て言うか、こいつらに未央を彼女だと紹介するのはとても気が引けた。別にその事実が恥ずかしい、というわけではなくて、からかいの対象になってしまうのが嫌だったのだ。未央だってこんなむさ苦しいスーツの集団にわちゃわちゃ言われるのは嫌だろうし。
 騒ぎ出した奴らを適当にいなしながら、酒をあおって呼吸にため息を混ぜる。それに目ざとく気付いた野村がへっと鼻で笑う。
「何よ」
「何でもねえよ」
「ねー田賀、あの子彼氏いないの」
「紹介してよ〜幼馴染でしょ?」

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