最後の恋を終わらせない 4


「ただいま……」
 お帰り、の言葉はない。俺はやけに疲れを感じて、鞄を玄関に落とした。靴を脱いで、真っ暗な廊下に電気をつける。誰もいない。当然だ。
 スーツの背広を適当にソファに投げても、皺になる、と怒って回収する人はいない。寝室のドアを開けるとゴキブリが這っていた。俺は丸めた新聞でそいつを叩き殺す。……怖い、と抱きついてくる人もいない。
「ハァ……」
 とりあえず風呂に入る。湯は張られてない。当然だ。俺はシャワーだけで済ませて、冷蔵庫をあさった。野菜と肉があったが、今から料理をするのも面倒で、カップ麺で済ませた。
「今日の新聞……」
 見当たらない。いつもならダイニングテーブルに置いてあるのに。……ああそうだ、さっきゴキブリを殺すのに使ったんだった。俺、馬鹿。
 未央ちゃんが掃除のたびに捨てようとしていたグラビア雑誌を眺めながら、菓子を食う。玲央奈さまは相変わらず可愛い。でも、何かが物足りない。
 そうだ、未央ちゃんの軽蔑の視線がないんだ。俺は今自由なんだ。
 見たいときに見たい番組が見れるし、変なドラマに付き合わされることもない。エロ本も読み放題だし、酒も飲み放題だし、部屋も散らかし放題。
 でも、物足りない。
「……」
 低い、疑問の体を取った確認のような声が脳裏をよぎる。
「好きじゃなかったのか?」
「お前も、そうだったんじゃないのか?」
 気づけば立ち上がっていた。未央ちゃんのアパート目指して、歩いていた。
 階段を上って、未央ちゃんの部屋のインターフォンを鳴らす。……返事がない。何度か鳴らしていると、階段を上ってきて隣の部屋に鍵を差し込んだ大学生っぽい男が会釈をして遠慮がちに言った。
「お隣、引っ越しましたよ」
「……え?」
「一週間くらい前?」
「そう、ですか……」
 男が自分の部屋に入ってからも、俺はしばらく立ち尽くしていた。そして思いつく。携帯だ!
 マンションに急いで帰って、未央ちゃんの携帯に電話をかける。着信音が鳴るまでもない。直留守? と思ったのもつかの間だった。
「この電話番号からの通話は、受け付けておりません」
「なっ……」
 着信拒否されている。
 俺は愕然として、通話の切れた携帯を見つめた。メールを送ってみる。すぐにエラーメールが返ってきた。メルアドを変えたんだ。
 一瞬で頭に血が上る。でも、それもすぐに下りていく。だって、俺はそうされるようなことをしたんだ。告白に返事をすることもなく、ただ黙って見過ごした。何も言わなかった。

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