最後の恋を終わらせない 3


「で?」
「は?」
「何が原因だ?」
「何の話?」
「ここ何日か、落ちてんだろーが」
「……そうかな」
「お前にしては珍しく沈んでるからな」
 野村が飲みに誘ってくれた理由をようやく理解する。俺に吐かせたいのだ、不調の原因を。これも上司の仕事か、と曲解してみる。分かってる。野村はちゃんと俺を心配してくれている。
「……女の子をふったんだ」
「……お前が?」
「小さい頃から一緒でさ、うすうす気づいてはいたんだけど、告白されて」
「ああ、例の女子大生か」
「まあ、うん。毎日晩飯つくりにきてくれてたんだけど、来なくなっちゃって……」
「当たり前だろうが、てめぇの脳みそはお花畑か」
 当たり前、か……。俺はいつの間にか、未央ちゃんがご飯をつくりに来てくれていたことを、当たり前だと思っていた。当たり前、なんかじゃなかったのに。
 未央ちゃんは毎日どんな気持ちで俺の帰りを待っていたのだろう。うまい、と言うと顔を綻ばせた未央ちゃんは、どんなふうに思っていたのだろう。
「好きじゃなかったのか?」
「そういうの、考えたこともなかったんだ」
「……少なくとも、定時ぎりぎりに携帯いじってるお前は、楽しそうだったけどな」
 皮肉たっぷり、せめて業後にやれ、と言わんばかりの口調だ。
「……」
「定時に帰れると楽しそうだし、残業があると露骨にへこんでたし」
「……」
「好きじゃなかったのか?」
 野村が同じ質問をする。俺は、未央ちゃんをどう思っていたのだろう? 小さい頃とは違う大人になった身体に戸惑ったり、不意に見せる大人っぽい仕草に目を奪われたりしていた。それは恋なのだろうか? それとも、兄貴分の感慨だったのか?
「ま、よく考えるんだな」
「……野村もたまにはいいこと言うね」
「ぶっ殺すぞテメェ」
「冗談ー、今夜は飲み明かそうぜ!」
「俺はもう帰る」
「はあ!? 夜はこれからじゃん!」
「ハルが家で待ってんだよ」
「……いいねえ、帰れば迎えてくれる人がいて」
「お前も、そうだったんじゃないのか?」
立ち上がって会計を済ませた野村が、ふとこぼすように呟く。お前も、そうだったんじゃないのか? ……そう、だったんだよな。俺が壊してしまったんだよな。
 俺は、彼女のことをどう思っていたんだろうな。ほんとうは知っていた彼女の気持ちを、どう思っていたんだろうな。

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