きみの手で初恋を終わらせる 4


 そんなこんなで今に至る。
 戦争は終わらない。闘いは続いている。渉くんには彼女はいない。でも最近、仲のいい後輩ちゃんがお気に入りのようで、危機感はある。だって夕飯のときの渉くん、そいつの話ばっかり。
 とにかく、私は渉くんに毎日精一杯アピールしているのだが、彼がそれに気づく様子もない。鈍いにもほどがある。いっそ好きだと伝えてしまおうか。いつか言うことになるなら、いつ言っても一緒だ。
「……渉くん」
「んあ?」
 食後、テレビをつけて新聞を読んでいる渉くんに、話しかける。
「好きな人がいるんだよね」
「ほう」
「その人、すっごい鈍くて、私の気持ちに全然気づいてくれないの」
「へえ」
「毎日毎日アピールしてるのに」
「そりゃご苦労だな」
 うるさいバラエティを流しているテレビの電源を切る。不意に無音になった空間に、渉くんが顔を上げる。
「ほんとにね」
「ん?」
「渉くんって、ほんとに鈍いよね」
「失礼だな」
「……まだ気づかないの?」
「何が?」
 渉くんが、新聞に目を戻す。
 気づいてしまった。
 彼は、気づいている。でも、あえてそれを無視している。ああ、うん、と思う。
「好きだ、尻軽野郎」
「……」
 渉くんはもう顔を上げない。
「もう、ご飯つくりに来るの、やめるね」
「……」
「彼女ができたとき、迷惑だもんね」
「……」
「合鍵も置いとく。ばいばい」
 私は、最初の一粒をこぼす前になんとか渉くんの部屋を出ることに成功した。泣きながらマンションの廊下を歩いて、エレベーターに乗る。誰もいない。私は存分に泣いた。泣きながら、アパートに帰った。
「……っ」
 失恋の傷って、こんなに、抉れるような痛みなんだな。ぼんやりそう思う。小学四年生の私に教えてやりたい、今あんたが感じてるのの百倍痛い思い、十年後にすることになるよって。
 ベッドに突っ伏して嗚咽を殺す。もう渉くんに会えない。合わせる顔がない。
 でも私はどこかで、最初からこれが負け戦だって分かっていた。テーブルの上に広がる、転居のための書類たち。ここは少し大学に通うには遠すぎたのだ。
 ばいばい渉くん、ばいばい、私の初恋。


 END

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