きみの手で初恋を終わらせる 3


「これでよし、と」
 荷解きはおおかた終わった。衣服が入っているダンボールがまだ未開封だが、明日のうちにやってしまえば問題はないだろう。とりあえず、今夜のご飯の調達に、近所の地理を把握する目的も持って、軽装で外に出る。三月の風はまだまだ冷たい。
 近所のコンビニに行くと、スーツの男と出くわした。ひょろりとした体躯に薄茶色の短髪。持っているカゴには、カップ麺やお菓子がたくさん詰め込まれている。彼は商品の陳列棚を見ていて、こちらには気づいていない。初日からラッキーだ。
「わーたーるーくん」
「は?」
スーツの男が振り返る。と、その目が驚きに彩られる。
「……未央!?」
「当たりー」
 はわはわと落ち着きなく、え、え、と繰り返す彼は、昔から変わらない。仕事が忙しくて、一年に一度くらいしか帰ってこられない彼は、私と最後に会ったのは三年前だった彼は、私の成長を見逃していた。
 得意になった私は、渉くんとコンビニをあとにして、歩き出す。
「え、未央、こっちの大学受けたの?」
「うん。知らなかった?」
「未央が標準語喋ってる……」
「渉くんだって喋ってるじゃん」
「いや、そうなんだけどさ……」
 私のアパートを前にして、渉くんはまたも愕然とした顔をしていた。
「隣!?」
「そうみたいだね」
 渉くんの住むマンションに隣り合ったアパートを、わざわざ選んだ。ほかに条件をあれこれつけなかったからか、案外家賃もかさばらないし、渉くんのことを抜きにしてもいい物件だ。
 にっこり笑って、驚いている渉くんに声をかけようとすると、私の名前が呼ばれた。
「あれ、未央?」
「……潤くん!?」
「あーやっぱ未央やー、変わっとらんなー」
「潤くんこそ」
 驚いた。中学時代の友人である彼が、通りかかる。話を聞くと、近所に住んでいるらしい。立ち尽くす渉くんを無視してしばし思い出話に花を咲かせる。
「ほんじゃ、またなー」
「うん、ばいばい……あ、渉くん、引き止めてごめんね」
「いや、いいよ、未央ちゃん」
「ん?」
 渉くんが、私のことをちゃん付けで呼ぶなんて、今までほとんどなかったことだ。からかったりご機嫌をとったりするときにふざけて未央ちゃんと呼ばれることはあったが、今みたいなのは初めてだ。
「なんで急にちゃん付け?」
「いや、……なんとなく」
「ふうん」
 まあ、どちらでもいいんだけど。私は、じゃあ、と言ってマンションのエントランスに入っていく。
 私の戦争は、はじまったばかりだ。

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