ドルチェティック・カレー 1
製菓業界の戦略にみんな見事に踊らされちゃって、街は甘い匂いに包まれて、俺はマフラーを首に巻きつけながら悪態を吐く。あーあ、チョコ作って俺に笑顔を向けてくれるかわいこちゃん、どっかその辺にいませんかね?
「義理チョコです」
トイレの帰りに遠回りで総務課を回ってハルちゃんに会いに行くと、なんと笑顔でチョコをくれた。わざわざ言わなくたって、そりゃあ本命だったらむしろ困る。うちの上司に本来の意味で首を切られそうだ。
軽く流して課を後にしながら、これは野村に自慢したら眉間の皺が三割増しだろうな、と忍び笑う。
通路を歩きながら、青い包装の軽めのそれを宙でくるりと一回転させてキャッチ。それからふと視線を後ろに戻すと。
「……やべーだろ」
総務は人の出入りが多い。
出てくる他の部署の男どもは皆一様に頬を緩ませて、手には俺とお揃いの青い包み。
……五割増し、決定。
ハルちゃんってしっかりしているくせに、変なところで疎いから、無表情で傍若無人な野村が普段どれだけ妬いているかとか、知らないからあんなことができるのだ。あんな不特定多数に、一個百円もしないバラマキチョコを配るだなんて、自殺行為である。
だからと言って、ハルちゃんが可哀想だから、手元の青い切り札で野村をからかうのをやめるか、と聞かれれば答えはもちろん否だが。だって何でもないふうを装って、こめかみピクピク動いてるのを隠せない野村はおもしろい。
「たけるちゃん」
「死ね」
おっ? もうすでにご機嫌ナナメ?
辺りを見回すと、なるほど同期の佐伯の机に青い包み。
普段から締まりのない顔をさらに蕩けさせて、隣で黙々と作業するメガネにハルちゃんがいかに可愛いかを熱弁している。声にこそ出ないが、「仕事しろよ!」とメガネの顔に書いてある。
俺はからかっているだけだって野村は分かっているけど(そして、だからこそムカつくのだろうけど)、佐伯の野郎はおそらくマジだ。ありもしない『チャンス』を、日々狙っている。なので俺がこれをネタに自慢するのと佐伯のあの行為とでは、攻撃力というか攻撃の種類がそもそも違う。
ああ。ハルちゃんなむさん、哀れ肉食獣の牙の餌食に、か。俺の知ったこっちゃないけど。
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