捻じ曲が理論 4


 ◆W

 最近どうも、調子が狂う。
 駅から自宅までの道をふらふら歩きながら、どうして誘いに乗らなかったのだろう、と首を傾げた。
「ねぇねぇ田賀さん、このあとふたりで抜けちゃわない?」
 美春ちゃん。丸い瞳を縁取るまつげが印象的で、まあまあ可愛い子だった。俺だって最初は、抜けちゃおっかな、と思った。思ったんだけど。
 なぜかふと、未央ちゃんのいつも言う馬鹿女って、こんな子のことかな、と考えてしまった。それが運の尽きとでも言うのか、だんだん、家で俺のご飯を作ってくれてた未央ちゃんに、こんなところで楽しく飲んでいることがひどく申し訳なくなってきてしまったのだ。
「……ごめん、俺急用思い出した」
「は?」
「また今度な」
 連絡先も何も交換していない合コン相手との今度なんかない。
 分かっているのに、もったいないとはなぜか微塵も思えなくて、頭の中は未央ちゃん特製のホワイトシチューでいっぱいだった。生クリームを使っている、俺好みのおいしいやつ。
 そして今、冷たい風に吹かれながら、美春ちゃんよりシチューを取った自分が不思議でならないのだった。

 ◆

 もう帰ってしまっているだろうか……。時計を見るともう十時近い。
 ドアを開けて靴を脱いでいると、廊下の向こうからバタバタバタ、と足音が聞こえてきて、いたのか、と思って顔を上げた瞬間タックルされた。
「ぐえっ」
「わわわわわ渉くん!」
「なっなんだよ?」
「出た! 出たぁ!」
「何が?」
「出たの!」
「だから何が……ってちょっと、」
 答える前に、靴を玄関に放り出した状態のまま引きずられ、着いた先は寝室。
「なんだよ?」
「まだいる? ねえっ」
「いねぇよなんも。つかだから何が?」
「G!」
「じぃ?」
 じぃ……あ、ああ、アイツか……。
 俺の背中にへばりついて怖々と中を覗き込む未央ちゃんを尻目に、部屋を見るけど、やはりいない。
「もういないんじゃね?」
「私見てた! あの戸棚の影に消えた! だからあの後ろにいる!」
「ま、出てきたらその時はその時だろ」
「やっつけてよ!」
「えーめんどい」
「えーじゃねぇよハゲッ」
「まだハゲてねーっつの」
 いつも強気でS気のある未央ちゃんが唯一苦手なもの。
 G……一般名称・ゴキブリ。彼女は名前を呼ぶこともおぞましいらしい。
 あの、黒光りして気味の悪い動きをする扁平な、平気な人はいても好きな人はあまりいないだろう家庭の害虫。

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