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 それ以来、青子が化粧をすることはなかった。恋するピンクブラウンマスカラも、勉強机の上にほったらかしである。

「青子」

 いつものように、ミキが昼休みに青子を拉致しにきた。腕を引っ張られながら、青子はもやもやが溜まっていくのを感じていた。なんだろうか、このもやもやは。とにかく、原因がミキ絡みであることは間違いない。
 社会教材室のドアに鍵をかけたミキは、いつものように弁当を青子に差し出した。青子は笑顔で受け取ったが、どうも食べる気分にならない。青子の箸がいっこうに進まないのを見たミキは、眉を寄せた。

「どうしたんだよ」
「んー……なんか、食欲ない」
「はあ!?」

 ミキは驚いた。とてもとても驚いた。青子が、あの青子が、食欲がない、だと。
 慌てて、額に手を滑らせて熱の有無を見る。幸い、熱はないようだ。今度はぐっと顔を上げさせて、下まぶたを引っ張ってあっかんべえをさせ、色を見る。赤い。貧血でもないようだ。次に口を無理やりこじ開けて喉を見ようとしたところで、ミキは我に返った。喉なんか見えるか、ボケ。と自分に突っ込み、うなだれる。

「ミキちゃん?」
「具合ワリィの」

 力なくミキが聞くと、青子はぶんぶんと首を振る。

「なんかねー……もやもやして、食欲ない」
「もやもや……」

 ミキはわけが分からない。もやもやってなんだ。
 とにかく青子に食欲がないなど、大事であるとミキは思ったのだが、原因が分からない。もやもやってなんだ。顔をしかめて、ミキは青子と一緒に原因を考える。そういえば。

「お前、最近化粧してねーな」
「うん……」
「あれ、買ったじゃねぇか、あれ」
「マスカラ?」
「そうそれ。使わねぇの」
「だって……」

 なんだか、久々にまともに青子と話ができている気がする。キャッチボールとでもいうのか、投げたらきちんと返ってくるこの感じ、とミキは一人で感動していた。
 しかし青子のほうは、もやもやが晴れず表情は沈んでいくばかりだった。ミキが、マスカラのことを口にしたのも、なんだかもやもやした。

「ミキちゃん、私が化粧してるほうがいい?」
「あ? 何だよそれ」
「ねー、どっちがいいの?」
「だから俺、言ったろ」

 今しかおそらく言えないだろう。ミキはそう踏んで、今まで避けていた表現を使って青子にきちんと伝えることにした。すう、と短く息を吸って、吐き出す。

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