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 ミキは、一年生の教室を片っ端から探していた。自分のクラスの女ではないと思う。一組から順繰りに見ていると、三組で当たった。いた、あの女だ。
 長い黒髪の毛先をぼんやり眺めている坂本青子は、教室に西高一のワルが入ってきたことにすら気づかず、枝毛探しに熱中していた。

「おい」
「……」
「おい!」
「ああー、二本目」

 ミキの、おい、が自分に投げかけられているものだとは夢にも思っていないようで、青子は本日二本目の枝毛を発見し、ため息をついた。ミキは、その肩をがしっと掴んだ。そこで初めて、青子はミキの存在に気がついた。

「あっ保健室の」
「無視たぁいい度胸じゃねーか」
「一年生だったのかあ」
「お前俺の女になれ」

 唐突なミキの提案を、青子はするっとスルーした。

「はさみ持ってる?」
「聞いてたか?」
「はさみ」

 ミキが持ってないと言うと、青子はすっと立ち上がり、鞄を持って教室を出て行った。無視された。一世一代でもないが、ミキなりにがんばった告白をきれいに無視した青子の後姿を呆然と見つめ、ミキは立ち尽くした。
 教室は、水を打ったように静かだった。皆、いつものように騒いでよいものか分からず、そそくさと帰る準備をして一人、また一人と教室から出て行った。
 ミキはひとり、何なんだあの女、とぼんやりしていた。人の告白を完全にスルーした挙句に何も言わずに帰りやがった。というか、断られるという事態は想定もしていなかったのだ。それは自分に自信があるから故ではなく、自分が怖いからだという自負があるからだった。
 しばらくして、ミキは教室を出て、帰路に着く。だらだらとアパートまでの道のりを歩く。頭の中は軽いパニックだった。何なんだあの女。

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