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 ミキが、どこで弁当を食べようかと校内をさまよっていると、あっ、と後ろから声をかけられた。振り向くと、青子がにこにこと笑いながら近づいてくるところだった。

「お前」
「あれ、名前なんていうんだっけー」
「松本ミキ」
「そうそう。ミキちゃん」

 ちゃん付けされた。ミキのプライドはなんかもうズタボロだった。そのまま、青子を無視して歩き出すが、青子はついてくる。どこまでもついてくる。仕方がないので、青子を従えたままミキは空き教室に入って弁当を広げる。食べようと口を開けると、強烈な視線を感じた。

「……何」
「美味しそう」
「……」
「それ、ミキちゃんのお母さんがつくってんの?」
「自作だけど」
「えー! ミキちゃん料理できるんだあ!」

 ミキは、この坂本青子の脳内構造がふと気になった。何がどうなって、青子はミキに懐いているのか、意味不明である。構わず食べようとするが、視線がまとわりついてくる。

「……」
「……」

 ふと青子の手元を見ると、購買で売っているパンが二個あった。

「……食う?」
「うん!」

 ぱかっと口を開けている青子に、ずいっと弁当を押しやるが、青子は口を開けたままである。ミキは少し考えて、箸を持ち、おかずをその口に放り込んだ。なんだか親鳥がひな鳥にエサをやっている気分である。
 ぱくぱくと食べて、青子はおいしー、と笑った。ミキの心臓がかすかな乾いた音を立てた。

「いいな、お弁当いいな」
「……また食わしてやる」
「ほんとー?」
「……」

 ミキは、おかずを食べながら、間接キス、など柄にもないことを考えて一人赤面した。今更間接キスくらいで赤くなる自分が恥ずかしいが、頬が熱を持つのはやめられない。メロンパンにかぶりついていた青子が、ふとミキの頬に手を伸ばし、触れた。

「赤いよ」
「ばっ……」

 ミキは、もっと赤面する羽目になった。
 明日、コイツに弁当作ってってやろう。なぜかそう決意して、ミキはその細い手を振り払った。


20120524
20160623

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