5

「ミキちゃんタバコくさいの、やだ」

 ミキは大きなショックを受けていた。
 まず、いやだ、と拒否をされたこと。それから、青子が初めて自分に意見らしい意見を言ったこと。
 これは日頃の行いの成果だ、とミキは思うことした。いつもミキのやることを肯定も否定もせずにのらりくらりとかわしている青子が、初めてミキに対して自発的に何か言うなんて。しかもその内容はつまるところ、タバコくさくなければいい、というふうにも取れる。

「やめろってか」

 しかし、ミキはここは一応体裁を保つために鼻で笑うことにした。

「別に。将来ハゲるのミキちゃんだし関係ないけど」
「……」

 気持ちを持ち上げておいて、落とす。この高等テクニックを青子はどこで覚えてきたのだろう。ミキはため息をついた。

「でも、一緒にいるなら、くさくない人がいいよね」

 持ち上げて落として、さらに上げる。
 単純に考えれば、青子は何も考えずに発言している。しかし分厚いフィルターをかけて青子を見ているミキには、そんな考えは及びもしない。この女は俺と一緒にいることを望んでいる。そう思い込んでしまうのが、恋した男の悲しい習性だ。

「まあ、お前がどうしてもってんなら、……その」
「あ、雅美さんだ。おーい」
「……」

 完全に無視されたミキは、青子が手を振っているほうを見る。そこには当然、元カノの雅美がいた。買い物途中であるらしかった雅美は、青子に手を振り返して近づいてきた。

「デート?」
「そんな、雅美さんを差し置いてデートなんて!」
「いつも青ちゃんって不思議ね」

 にこにこと笑いながら、雅美は青子の頭を撫でた。
 ミキと雅美は、お互い同意の上でとっくにお別れしているのだが、青子はそれを知らない。無口なミキは、青子が人の話を聞かないのも相まってその勘違いを否定できないまま、今に至っている。そして雅美は、それを心底気の毒に思っている。

prev | list | next