「え?」
翌日、どうしても不愉快から抜け出せなかったミキが、教室で秀哉に詰め寄る。
一瞬ぽかんとした秀哉が、ああ、と呟いてため息をついた。それから、立ち上がってミキの制服の裾をちょいちょいと引っ張って外に出ようと促した。ミキは、そのしぐさについて疑問に思いつつも、それに従う。
人気のない廊下で、秀哉は立ち止まり、辺りを見回し誰もいないことを確かめて、ひそひそと話し始める。
「ミキだから言うけど……誰にも言わないよな?」
「誰に言うんだよ、俺が」
「だよね……俺さ」
だよね、に若干むっとする。
「司書の高崎さんと付き合ってんの」
「……」
ししょのたかさきさん。
とっさに、司書が何か分からず、首を傾げると秀哉がそれを見透かしたように呟く。
「図書室の先生と付き合ってんの」
「……ああ、昨日の」
ミキは、顔こそ覚えていないがあの場にもうひとり誰かがいたことを思い出した。そして、秀哉を睨む。
「だから何」
「それを青ちゃんに知られちゃったから、口止めした。約束はそういうこと」
「お前、青子が口止めしないとふらふら言いふらす奴だと思ってんの」
「違うよ」
友人の曲解にため息をついて、秀哉は言う。
「青ちゃん、ことの重要性分かってなかったから、聞かれたらぽろっと言っちゃいそうじゃん」
「…………まあ」
ところで、とミキは思う。ことの重要性ってなんだ。
「え」
「だから、司書の先生とかと付き合ってることってそんなに重要なのかよ」
「……」
秀哉は頭を抱えたくなる。禁断の恋である、という認識が青子にもミキにもないのだ。前者は知識もしくは常識不足、後者は完全な常識不足である。
「とにかく、俺に彼女はいないってことにしといて」
「……分かったよ」
よく分からないが、秘密にしたいことだけは分かったので、ミキは頷いておく。そもそも、そんなことを言いふらす友人がいないのだから、どうってことない約束である。
教室に戻りながら、秀哉はぽつりと呟いた。
「いいよな、堂々と外で手つないでデートできるのは」
「……」
知らねーよお前がそういう道選んだんだろ。と言うのはあまりに人でなしだと思ったので、ミキは黙っておいた。
END.
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