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「そういえばこないだひでぽんにもらったアメちゃん、おいしかったー。あれ、どこのやつだろう」
「……」
「ひでぽん、お菓子くれるから大好き」
「……」

 聞き捨てならない単語が聞こえたような気がしたが、気のせいだろうか?

「秀哉が、なんだって」
「え? ひでぽんお菓子くれるから好き」
「……」

 ゆらりとミキが立ち上がる。青子は、急に立ち上がったミキを見上げて、不思議そうな顔をした。

「ミキちゃん?」
「……トイレ行ってくる」
「あ、行ってらっしゃーい」

 もちろん目的は用を足すことではない。トイレに入って、ミキは便器の前にしゃがみこみ、大きくため息をついた。
 青子に、他意がないのは分かっている。秀哉を大好きだと言うそれが、友人に対する大好きであることも分かっている。だがしかし、どうしても納得できない。
 なぜ、秀哉と俺が同等の位置にいなきゃなんないんだ。
 ミキの心の中は、その一言で埋め尽くされていた。自分は青子の恋人ではないのか、特別な「大好き」を聞ける立場ではないのか。いや、多くは望むまい。青子がとなりにいてくれるだけで、自分はそれだけで、いいではないか。
 トイレで少し苦悩して、自分を落ち着かせたミキは、青子の待つ寝室に戻る。

「おかえりー」
「……ああ」

 青子は、鞄を開けてプリントの確認をしていた。そのプリントをがさっと鞄にしまい込むのを見て、そういうところ、アバウトだよなあとミキが思っていると、青子が呟いた。

「ミキちゃん、なんか変なのー」
「あ?」
「なんか悩み事あるの?」
「……」

 お前に対する悩みだわ! と言ってしまいたいのを我慢して、ミキは首を振った。

「別に」
「ふううん」
「何だよ」
「隠し事するんだあ」
「……」
「ねー、何隠してんの!」

 青子が、座ったミキの膝に突っ込んできた。そのまま、膝を枕にしつつ猫のように丸まってミキの腕に納まるという高等テクを発揮し、ミキを動揺させた。つい、ミキはいつものように青子の腰を抱いてバランスを取ってしまう。

「……」
「私に言えないこと? あっ、雅美さんのこととか!」
「……あ?」
「違うかー」

 聞き捨てならない単語が聞こえたような気がするが、気のせいだろうか?

「雅美がどうしたって?」
「え、なんとなく言ってみただけ」
「……」
「わっ、ミキちゃん?」

 ミキは、青子をベッドの上に投げて、覆いかぶさる。青子がきょとんとした顔をしているのが、腹が立つ。
 青子は自分の恋人であるという自覚があるのか? よりにもよって、モトカノの名前なんか出しやがって。自分が雅美のことで今更何を悩むというんだ。そして、それを恋人から勘繰られて気分のいい男などいるものか。

「お前、むかつく」
「え?」

 なんで? という青子の疑問は、ミキの口の中に消えた。

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