2

「死ぬかと思った」
「いっそ死ね」

 悪態をついた男がようやく自分の弁当の蓋を開ける。そして、視線を感じておもむろに視線を上げる。女が、もの欲しそうな顔で男を、いや、男の弁当をじっと見ている。

「……」
「……」
「……チッ」
「わーい」

 女の大好物のだし巻き玉子を箸でつまんで口元に持っていくと、ぱくっと食べる。それを面白く思い、男がもうひとつ口元に寄せる。ぱくっと食べる。

「美味い」

 短く吐き出された問いかけにこくこくと頷き、女はだし巻き玉子を飲み込んで、にぱっと笑って口を開いた。

「ミキちゃんは、お料理じょうずだね」
「……」

 ミキと呼ばれた男は、特に何の反応も示さずに黙々と自分の食事を続ける。女も、返事が特にないことを気にもせず食べるのを再開した。そのまましばらく無言で食事が続く。

「青子、お前、俺と付き合え」
「いいよ」

 不意に放たれたその言葉。まるで決闘を申し込むかのような強面で上目に睨みつけながらミキが言うと、青子と呼ばれた女はその視線を一切見ないまま、つまり弁当に熱中したまま了承する。ミキががばりと顔を上げた。

「いいのか」
「へ、いいよ」
「いいんだな?」
「うん」

 しつこい確認に、青子はきょとんと首を傾げてミキを見る。ミキは、そこで初めて顔色を変えた。文字通り、顔色を変えたのだ。普通の肌色から、にわかに熱を帯びたようにうっすらと頬を朱に染めた。青子はそれを不思議そうに見ている。
 ミキが、青子の頬に手を伸ばしてその肌触りのいい髪の毛を撫でた。

「ほかの男と喋ったらぶっ殺す」
「なんで?」
「そりゃお前付き合うってなったら」
「あ、そだそだ。付き合うって、どこに?」
「…………」

 ミキが頭を抱えたのと同時、予鈴が鳴った。

 ◆

prev | list | next