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「青子」
「ん? あれ、ミキちゃんだ」

 青子は、公園のベンチに座って、足をぷらぷらと泳がせていた。一気に緊張がほどけて拍子抜けしてしまう。ミキは青子に近づいて、腕を取った。

「春菜さんが心配して俺に電話かけてきたぞ」
「あ、そうか……お姉ちゃん……」

 青子が立ち上がろうとする気配はなく、どことなくぼんやりしている風にも見える。どうしたのだろう、と思いつつも、ミキもベンチに座った。そのまま、無言の時間が流れる。九月だが、まだ蒸し暑く、七時を過ぎているのにどことなく明るい。

「……青子」
「んー?」
「家帰れよ、春菜さん心配してるぞ」
「うん……」
「どうした?」
「明日ねえ、お母さんの命日」
「……」

 わけが分からない。いつもの話を聞いていないパターンだろうか、とミキは思うが、青子の顔が思いのほか真剣だったので、引き込まれるように口を噤む。

「友達とこの公園で遊んでて、夜になっても帰ってこないから、お母さんが迎えにきたんだ」
「……」
「そしたらね、友達がボール転がして道路に飛び出しちゃったの」
「……」
「で、そこにトラックがやってきて、お母さんがその子をかばって、どーん」
「……」
「死んじゃった」
「……」

 いつになく、順序立ててきちんと話す青子に、感心するより先に、ぐっと何かせりあがってくるものがあった。青子が唇を尖らせて、俯いた。

「十年前のお話でした。ちゃんちゃん」
「……そうか」
「おなかすいた」
「家帰れ」

 ミキがぐしぐしと青子の髪の毛をかき混ぜると、ずっ、と鼻をすする音がした。青子の顔を覗き込むと、少し涙ぐんでいた。ミキは狼狽する。女の涙にどう対処していいのか分からない上に、問題はけっこうデリケートだ。

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