がっかりしたくないから
寝室に、嵐斗くんのかわいい喘ぎ声がこだましている。
「あっ、もう無理、アテナちゃ、あっ、あーっ……!」
見下ろした嵐斗くんの肩から二の腕にかけては、いかついトライバル柄のタトゥー。そういえばこれはワカゲノイタリってやつらしい。昔のカノジョの名前とかイタイやつ入れてないならどうでもいいけどね。似合ってるし。
後ろから腰を掴んで突き入れると、ほどよく筋肉のついたその肩がびくっと跳ねて、くったりと脱力した。
身を屈めて、耳元に口を寄せる。
「イっちゃった……?」
荒い息の中で必死で頷いて、嵐斗くんが腕をあたしの腰元に伸ばして押し返してくる。震えてまったく力が入っていないのがほんとうにかわいい。
枕に顔をうずめて、喉で息をするような呼吸。あたしが腰を引くとその刺激で引きつった声が漏れて、でも、ようやく終わるのだと安心したような吐息も同時にこぼれた。
抜け落ちそうになったところで、腰を勢いよく押し込んだ。
「っ!?」
かひゅ、と圧し潰したような音が出て、嵐斗くんが全身をけいれんさせる。それが落ち着くのを待たずに、内壁をこそぎ落とすように擦りながら気持ちいいポイントを一切の配慮なく圧迫する。
「あ、あ、あ、もうだめ、おねがい、アテナちゃん」
かすれた声で必死の抵抗をするけど、残念ながらあたしは生身じゃないからどれくらい限界なのかまったく分かんないんだよね。
嵐斗くんが、三回射精して二回くらいドライでイったのは分かる。そこまでは数えてた、その先は知らんけど。でもまだ若いし、まだまだイけるよね? この間おじさん扱いしたらキレてたもんね? ね? 二十七歳?
「嵐斗くん」
耳元で囁いて、ローションまみれでぬかるんだお尻をぐずぐずと抉ると、嵐斗くんはもう首どころか肩まで赤くしてぶるりと震えた。
あたしは、物理的な刺激は一切ないんだけど、腰に携えたおもちゃごしに伝わる嵐斗くんの快感で、爛々と目を輝かせて精神的快楽に浸っている。
「はあ、かわいい、嵐斗くんかわいい、こんなぶっといのもぐもぐできてえらいねぇ? 褒めてあげるね、もっともーっとかわいがってあげるね、イイコイイコ……かわいい……」
呪文みたいにかわいいかわいいを繰り返しながら、ひたすら後ろから嵐斗くんを串刺しにして、湿った息を吐く。
このままだとあたし、嵐斗くんの喘ぎ声と泣き声とこの濡れた音で、脳イキできちゃうかも。今度それ教えてあげようっと、嵐斗くんはなんか自分ばっかり気持ちよくなるのに罪悪感みたいなのあるっぽいし。
結局その日もあたしは気づけば嵐斗くんが肩から脱力して枕に突っ伏して顔を赤くして目を閉じているのを見て、あ、やりすぎた、と気づいて腰を引くことになった。
後始末をしながら、うつぶせてベッドに沈む嵐斗くんを見る。する前にシャワーを浴びたので、いつも丁寧にハーフバックリーゼントになっている髪の毛はぺたりと寝ている。鋭い目は、まぶたに隠れるといくらかかわいく見える。
「……今何時だ?」
スマホを見て、深夜一時を確認する。早く洗濯物回して寝よう。明日もふつうに仕事だっつの。
ぺぺぺっと手早く後始末を済ませ、ベッドの嵐斗くんのとなりに潜り込む。毛布をかぶって、嵐斗くんにもかぶせてあげて、四角い額にちゅっとキスをする。
「はー……毎日かわいい……」
ベッドに頬杖をついて上体を起こし、嵐斗くんの寝顔(これは厳密には寝ているんじゃなくてオチてるんだけど)を見つめる。ほんと、最高にかわいい。
自分が男役に回ればいいんだ、と気づいてから、カレシを言葉巧みに言いくるめて前立腺開発をしてきたけど、実のところ嵐斗くんが初めてなのである。
何がって、セックスするのが。
つまり今までの男は指止まり。嵐斗くんはとっても物覚えがよくて飲み込みも早くて素質もあったから、そのうちあたしが指では我慢できなくなってしまって、今ではあたしの家にも嵐斗くんの家にも、大人のおもちゃ箱がある。
嵐斗くんだって、今日こそは俺が抱く、もう抱かれない、ちんこ使いたい、とか言うわりに、自分の家のおもちゃ箱を捨てないのは、心のどこかでそういうのを期待してるってことでしょ? っていう都合のいい解釈をして、今日もあたしは頑張って腰を振る。
どうせ明日の朝も、嵐斗くんは怒るんだけど、でも最後には「アテナちゃんはほんとしょうがねえな」で許してくれるの知ってるから。
嵐斗くんはあたしに甘いし、あたしも嵐斗くんに甘いし、それでいいのだ。
「だいすき」
すっかりオチてる嵐斗くんには聞こえていないだろうと思うが、それでも言いたかった。
言った瞬間嵐斗くんの寝顔がゆるんでほどけたような気がしたのは、ほんと都合のいい妄想である。
「おやすみ、嵐斗くん」
そのうちあたしが嵐斗くんの乱れる姿や声だけでイけるようになったら、それってすごく幸せなことなのかな。
だって、あたしも気持ちいいもんね、そしたらきっと嵐斗くんももう、今までみたいに「アテナちゃんのことも気持ちよくしてあげたいから突っ込ませて」なんて言わなくなるよね。
最初のうち、前立腺開発段階では、嵐斗くんとはふつうにえっちしてた。こんなに大好きな、歴代唯一ってくらい大好きな嵐斗くん相手でもあたしの異物感が消えなくて、すっごくそれが嫌だった。
だからあたしは、ほんとに、嵐斗くんに突っ込まれたくない。だって、自分にがっかりしたくないんだもん。
「ごめんね」
返事のない寝顔に、いっぱい声をかける。まぶたの向こうでぐるんと目が動いて、何か楽しい夢をみてるのかもしれない、って思った。
◆
mae|tsugi
modoru