口でしてやると言っても


 どう考えても嵐斗くんが悪いんじゃん?

「いや俺悪くないだろ」

 あたしの言葉に、嵐斗くんは力強く首を振った。ちなみに下は丸出しである。スウェットの上だけ着て、ベッドの上で下半身丸出しであぐらをかいている嵐斗くん、男前すぎて怖いわ。
 正座して向き合って、すっかりやる気をなくした様子のふにゃちんをじっと睨みつけていると、嵐斗くんがクソデカいため息をついた。

「そんなかわいく涙目してみても駄目だからな」
「べっつにそんなつもりじゃないし……」
「とにかく、今日はやらない」

 なんで嵐斗くんがそんなことを言うのかって、それは嵐斗くんのせいなのである。
 いつものようにえっちな雰囲気になって、さあやんぞ! となったときに、嵐斗くんがいきなり「腹が痛い」と言い出した。
 え? おかしくない? 超エロいキスしてあたしが順序すっ飛ばして下だけ脱がせたのはたしかに悪いと思ってるけど、それはえっちな雰囲気になる前に言ってくれるべきじゃない?
 おなかが痛いんなら、あたしだって無理に迫ったりしない! 最初からえっちな雰囲気にならないように気をつける!
 なのにこんなドタキャンみたいなこと、許されないよ!

「アテナちゃん……腹痛ってのはだいたい突然やってくるもんだろ」
「いやでもこんな空気読まない腹痛はないっしょ」
「ないけどあるんだよ」
「ない!」

 言い合いながら、嵐斗くんはおなかが痛いのか、パンツを引き寄せスウェットのズボンを引き寄せ、はいてしまった。
 こんな……こんな寸止めってある!? 完全に勃起したあたしの心のおちんちんはどうすれば!?

「いや、心のちんこは鎮めろよ」
「そう簡単にはいかないでしょ!?」
「まあたしかに……でも、実体がないから、口でしてやるよとも言えないしな……」

 いや嵐斗くんから「口でしてやるよ」って聞けただけでもう本日完売のお知らせでは? 何が完売って、ときめきだよ。
 え、てか嵐斗くんってあたしにガチのおちんちん生えてたら口でしてくれんのか!?

「それは、……もののたとえだよ……」

 おなかをいたわるように横になった嵐斗くんが、ちょっときまり悪そうに言う。なんだ、してくれないのか……まあそうだよな……。

「嵐斗くん、これ舐めてって言ったら怒る?」
「んぁ?」

 寝返りを打ってあたしに背を向けるかたちになった嵐斗くんが、振り向く。そして、顔を歪めた。
 あたしが腰につけた大人のおもちゃに、だ。
 さすがに怒られるかな〜と思っていたら、嵐斗くんは予想外のことを言い出した。

「舐めたら、腹痛いのにその気になるから、駄目」
「…………え? マジで?」

 嵐斗くんっておちんちん舐めたらその気になっちゃうの? え? 何それ? えっちじゃね?

「ねええ! 嵐斗くんほかの男の子のおちんちん舐めたりしてないよね!?」
「してるわけねーだろ気持ち悪いな!」

 寝転んだ状態からがばっと起き上がり、嵐斗くんが吠えた。
 ほっと一安心して胸に手を当てると、嵐斗くんはじめじめした視線を向けてきた。

「アテナちゃん、俺のこと節操ナシとか、尻軽みたいに思ってね? こないだも満員電車でどーのこーの言ってたし……」
「だ、だって……嵐斗くんえっちでかわいいから心配なんだもん……」
「俺は! えっちでもかわいくもない!」

 えーん、と分かりやすい泣き真似をすると、嵐斗くんはますます顔を赤くしてキレる。
 そんな感じで、ベッドの上で色気も何もなく騒いでいると、家のインターホンのチャイムが鳴った。ちなみにここはあたしの家だ。

「誰?」
「宅配じゃね?」
「え、頼んでないし、荷物にしては遅くない?」

 モニタを覗き込むと、私服姿のめりぽんが立っていた。

「めりぽんだ」
「え」
「嵐斗くん、その教育に悪いおもちゃ隠して」
「広げたのアテナちゃんだけどな」

 ワンルームなため、めりぽんを家に上げるとすぐそれらが目についてしまうので、嵐斗くんと協力してささっと隠してベッドの下に押し込んでから、ドアを開けた。

「めりぽん、どしたの」
「聞いてよてなちむ! パパがさあ!」
「ま〜た喧嘩? おめーあたしの家覚えたからって来んなよ……」

 ずかずかと上がり込んできためりぽんに、嵐斗くんがおはよと言う。時間的には全然おはよくないけどね。

「あれ、嵐斗くん! ごめんあたし邪魔だった!?」
「や、別に。ダイジョブ」
「ほんと? じゃあお邪魔しま〜す!」

 めりぽんが、ベッドの横の床に座り込む。そのとなりに座って、これ見よがしにため息をつく。

「今度は何で喧嘩したん」
「なんかあ、進路のこと」
「進路?」
「あたしね、ネイリストになりたいの、だから専門行くって言ったら、パパがせめて大学は卒業しなさいとか言い出して! てなちむにはそんなこと言わなかったじゃん! って言ったらなんか叩かれた」

 は? 叩かれた?

「パパがめりぽん叩いたの!?」
「そう! ほっぺ平手された!」
「ありえね〜! パパ許さん!」
「でしょ!?」

 たしかに、あたしが美容の専門に行くって決めたとき、パパは特に何も言わなかったけど、なんでめりぽんのときはそんなふうに言うんだ?
 しかもめりぽん、脳みそタピオカなのに……大学行けるほど頭よくないのに……。

「……なんでパパそんなこと言うんだろ?」
「分かんないけど超ムカついたから金蹴りして家出してきた! 泊めて!」

 嵐斗くんがうめいた。金蹴りを想像してしまったのかもしれない。
 めりぽんのほっぺを叩いたのはいかん。絶対にいかん。しかし、そうまでする何かがパパにもあるはずだ、めりぽんを専門に行かせたくない理由が。

「泊めるの別にいいけど……めりぽん、ママに行先言ってきた?」
「……」
「また無断!? もー!」

 もう夜の九時過ぎなのだ……。慌ててママに電話をかける。

「ママ! 今日もめりぽん預かるからね!」
『あ〜……ごめんねえ、パパのせいでしょ〜?』
「そだよ! なんでめりぽん叩いたりするの!? パパサイテーだよ!?」
『んーとねえ……パパねえ、アテナが専門出てからすぐ独り暮らし始めたのがさみしかったみたいでぇ……めりあもそうなるんじゃないかって思ったみたいでね〜……要は子離れできてないんだよね〜』

 あきれた。そんな理由でめりぽんのこの雪見だいふくみたいなかわいいほっぺ叩いたのか。
 あきれて黙り込むと、ママが続けざまに言う。

『アテナさあ、お正月だけじゃなくてたまにはうち帰ってきてあげてよ、そしたらパパだって、めりあ離れできるよ』
「……それとこれとは別じゃない?」
『別じゃないよ〜』

 ちらりと、めりぽんと嵐斗くんを見る。ふたりとも、こちらを見ていて、目が合った。
 明日あたしと嵐斗くんはお休みがかぶったから適当に北千住ぶらぶらデートでもしようと言っていた、けど。

「分かった。じゃあ、明日めりぽん連れておうち帰るね」
『ほんと?』

 えっ、とめりぽんと嵐斗くんが声を上げて顔を見合わせた。

「でね、ママ、会わせたい人いるから、一緒に連れてくね」
『え? ……え!?』

 ぶちっと通話を切る。
 スマホを耳から離したあたしに、嵐斗くんが慌てたように言う。

「待って、アテナちゃん、それいつ決まった!?」
「今」
「心の準備できてないんだが!?」
「やった〜、嵐斗くん、うち来るんだ〜!」
「いや待って、ちょっと待って」

 慌てている嵐斗くんに、あたしはぴしゃっと言ってのける。

「こうでもしないと、嵐斗くんいつまでも心の準備できないでしょ!」
「ちげえねえ!」

 きゃっきゃ笑って同意しためりぽんと、ふんっとふんぞり返ってるあたしを見て、嵐斗くんは目を見開いてあんぐり口を開けた。

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