へらへらしない!


 シフト作成の担当であるカンタさんに、マジでこの日だけは二連休を取らせてくれ、とゴリ押ししたら、いいよ〜と軽く言われた。

「え、いいんですか?」
「まあなあ、普段アテナそないわがまま言わんし……たまには聞いたるわ」
「たまになんですか?」
「そら、毎月毎月この日休ませてくれ〜この日も休ませてくれ〜言われたら、こっちにもシフト繰りの都合っちゅうもんがあるから心も狭ぁなるわ」

 そんなもんか、と思いながら嵐斗くんに、無事にお休みが取れそう、とラインを送る。その日の夕方、嵐斗くんから「俺も無事に副店長の権限を使って休みをもぎ取ったよ」という目を疑うズルいメッセージが返ってきていた。
 副店長ズルい。

「電車のチケット取っとこうか?」
『いいの? じゃあ俺ホテル取っとくわ』
「え? 里帰りだからおうち泊まるんじゃないの?」
『え?』

 嵐斗くんに、当然のようにそう言ったら、え? とかって返ってきたからこっちも、え? となる。

『いや……俺養子にはなったけど表向き施設のこどもだったから、親の家に行ったことないよ』
「あ、そうなんだ」

 そっかそんなもんか……?
 とりあえず、新幹線のチケットはあたしが取って、ホテルの予約は嵐斗くんが取ってくれることになり、早速スマホを開く。
 ん? 新幹線の予約ってどうやって取るの?

「カンタさん〜」
「あん?」
「新幹線のチケットってどうやって取るんですか〜?」
「なんや、どっか行くんかいな」

 新幹線やったらスマートEX使えば安いで〜、と言いながらあたしのスマホを覗き込みながら横から操作してくれる。

「長野県の松本ってとこに行きたいんです」
「なんで? スマートEX使えへんやん」
「え? そうなんですか?」
「当たり前や。これは東海と山陽のサービス。北陸やったらえきねっとやな」

 ええ……カンタさん詳しすぎか……? さんようってなに……?

「そらそうや、毎回帰省すんのにスマートEX使うとる。俺は新大阪までこだまで行く男やで」
「すいません、新大阪までこだまで行くって、なんかネタなんですか」
「こだまは、在来線で言うたら各駅停車やからめちゃ遅い。でも、代わりに安い」
「ははあ。つまりカンタさんは、時間より金を取ってるんですね」
「アテナァ、なんやコケにしとるようやけど、特急料金はアホ高いぞ」

 なんか話が脱線しかけているので、あたしは慌ててスマホを振る。

「で、で! 松本に行くには、どうすればいいんですか!?」
「松本やったら、長野駅で乗り換えなんかな……。えきねっとに登録したら予約取れるけど、めんどくさいしみどりの窓口行けばええやん」
「みどりの……窓口?」
「……アテナ、新幹線に乗ったことないやろ……」

 失礼な。

「修学旅行で京都と奈良行ったことあります!」
「そのチケットは自分が用意したん?」
「いや……学校が……」
「せやろ? 自分で取ったチケットで旅行したことないやろ?」

 なんでドヤ顔されてんのあたし……。
 たしかに、生まれも育ちも大宮だし、おじいちゃんとか親戚もだいたい関東に住んでるから、新幹線はほんとに修学旅行でしか乗ったことないけど……。

「ひ、飛行機乗って台湾行ったことあるもん……」
「それは、なんで?」
「高校の修学旅行で……」
「それも学校が用意したチケットやな」
「…………ウス」

 カンタさんはにやにやしながら、えきねっととやらに登録してチケットの予約をし、みどりの窓口でチケットを受け取る方法を教えてくれた。なんだかんだ面倒見がいい。
 あたしがえきねっとの登録に四苦八苦している横で自分のスマホをいじっていたカンタさんが、あっと声を上げた。

「アテナ、ちょい待ち」
「へ?」
「まだ新幹線取ってへんな? 松本やったら、新宿から出とるあずさっちゅうのがええんとちゃう?」
「あずさ? ちょっと待って、今クレカ登録してる……」

 財布からクレカを取り出して番号を登録して、会員登録を済ませる。それからようやくチケット予約のページに向かう。

「新宿から?」
「せや、中央本線特急っちゅうやつ」
「へ〜……てか嵐斗くん、それくらい教えてくれても……」
「なんや、嵐斗と行くんか」

 うん、と頷いてから、嵐斗くんの事情をカンタさんがどこまで知っているのか分からないので、適当に話しておくことにする。

「嵐斗くんの地元だそうですよ、で、おうちにお邪魔しに行くんです」
「……ご結婚の挨拶!?」
「え、そんなんじゃないっす」
「ほななんやねん。実家にカノジョが遊びに行くんやで? 高校生やあらへんのやし、嵐斗もそこそこ意識しとるやろ」

 え? 嵐斗くん意識してんの? なんかやけくそで決めたっぽいし、長野行きたいって言い出したのあたしだし、何も意識してなくね? してんの?
 動揺して眉を寄せると、カンタさんが畳みかけるように追い打ちをかけてきた。

「アテナもいつも通りやあかんで、親に挨拶に行くんやから、ちゃんとせな」
「ちゃ、ちゃんとってなんすか……」
「そら、いつもみたいにへらへらしてたらあかんちゅーこっちゃ」

 え? 何? あたしいつもへらへらしてるとか思われてんの? いやしてるけどね!?
 混乱しながら、どうにか電車のチケットを取ることに成功し、あ、帰りのチケットのこと聞くの忘れた、と思って嵐斗くんのトーク画面を開いた。

「帰りは何時台にする?」

 たぶん返事は夜になるだろうな、と思いながらも画面を閉じて、カンタさんに向き直る。

「嵐斗くん、なんも考えてないですよ、たぶん」
「それやったら嵐斗はかなりのアホやで……」
「えー、そうかなあ……」
「それにな、嵐斗がなんも考えとらんかったとしてもや、お前はなんやいろいろ考えとけ」
「えっなんで」

 カンタさんが、マジの真顔ではあぁ〜とクソデカいため息をついた。カンタさん目がぐりぐりにデカいし真顔になるとめちゃくそ怖いからほんとやめてほしい。

「アテナは嵐斗と結婚したいんか?」
「え〜そんなのまだ分かんないですよぉ、だって付き合って一年も経ってないのにぃ」
「そのマインドで実家行くの、メンタル強すぎひん?」
「言うてカンタさん、奥さんの実家で泥酔して吐いたくせに……」
「おい誰から聞いた」
「晶さんから〜」

 カンタさんは別の店ではあるが美容師の人と結婚している。そしてその結婚の挨拶で奥さんの実家に行ったとき、緊張で飲みすぎて吐いたらしい。というのを、奥さんとも仲がいいらしい晶さんから聞いた。
 そんな人に、メンタル強い、というのを図太いみたいなニュアンスで言われたくないのである。

「ちゃうで、俺は緊張の結果吐いてもうただけで、決してへらへらして吐いたわけちゃうねん」
「はいはいは〜い、分かりました〜、ちゃんとします〜、イイコになります〜」
「分かればええねんけどな」

 ほんとにあたしが「分かった」わけがないのはカンタさんも分かっているのだろうけど、これ以上自分のご挨拶時の失態を掘り下げられたくないのだろう、お説教を終わらせてくれた。
 帰り道、嵐斗くんからのラインが届いていた。

『何時にしよっか。城とか観光したいっしょ?』

 ……城? 松本って城あんだ?

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