バブみを感じてオギャる


 夜も遅いが、バスルームで嵐斗くんの髪の毛をカットしてあげる。

「ちょっと刈り上げのとこ伸びてきたねえ」
「だねえ、放置するとすぐこれだよ。髪型変えよかな」
「いいじゃん、どんなのにする?」
「カンタさんみたいなのにしたい」
「あー」

 カンタさんみたいなトランクスヘアにするのに、嵐斗くんの髪の毛はじゅうぶん足りている。いつも、少し長い髪を撫でつけてツーブロ部分を露出させているからだ。

「ストレート? パーマ当てる? パーマ当てるんだったら一回うちのサロンおいでよ」
「うーん、どっちが似合うと思う?」
「……ストレートかな」
「やっぱ?」

 整髪料を落として濡らした自分の前髪をつまんだ嵐斗くんが、サイドの刈り上げを指でなぞってあたしを見た。

「カンタさんにしてくれ」
「おっしゃ任せろ」

刈り上げを生かしながらのトランクスヘアアレンジを加え、切り終えてケープを取る。嵐斗くんの部屋でいつもこうするため、合わせ鏡にする用に大きな手持ち鏡を用意している。

「どう?」
「すげー印象変わったな。いいね」
「後ろも軽く刈り上げて男前度上げてみた」
「アテナちゃん、どんどんうまくなってるよな」
「ほんと!?」

 きゃっきゃ喜んでいると、額についた毛を払った嵐斗くんがあたしの腰を抱く。

「アリガト、超男前になったわ」
「いつも男前じゃん」
「マジ? 照れるね〜」

 嵐斗くんは、カットが終わるといつも「お代」と言ってあたしにキスをする。それは、いつも額から始まって、こめかみ、まぶた、眉間、鼻の頭、ほっぺ、顎、ときて最後に唇だ。あたしがそのときすっぴんでいようがメイクをしていようが、お構いなしにちゅっちゅする。
 でもいつもだいたい夜に切ってあげているので、まあ。

「……アテナちゃん」

 熱っぽいざらついた声で、嵐斗くんがあたしの名前を呼ぶ。
 唇にキスしたときに触れた鼻の頭同士を擦り合わせる。
 今日のあたしは、カット前に風呂に入ったので、もうすっぴんだ。

「……ん」

 少し高い位置から落ちるキスを受け入れて、嵐斗くんの身体にしがみつく。
 キスしながら嵐斗くんがあたしの身体を触り倒してくるので、あ、こいつ今日はイケると思ってやがるな、と気づく。
 そうはいくか!
 背中にしがみつかせていた手をするりと下ろしてスウェットの上からお尻を触ると、嵐斗くんがびくりと分かりやすく硬直した。
 それでも意地なのか何なのかあたしの身体を撫でていた嵐斗くんは、くぼみから割れ目に指を滑らせて尻たぶをむにむにと閉じたり開いたりしたあたしの手つきに、深々とため息をついて頭をがっくりと肩にもたせ掛けてきた。

「アテナちゃんさあ〜……」
「ん?」
「……なんか、もしかしてだけど」
「んん?」

 抱き合っていた腕を緩めて嵐斗くんの顔を見ると、今日もすっかり降参して抱かれる気満々の顔で、でもちょっと不服そうな表情をしている。

「俺に触られるの、やなんか?」
「…………」
「あ、やっぱやなんだ」

 やっべ。
 嵐斗くんが目を細めて、黙り込んでしまったあたしを見る。

「別に……アテナちゃんの気持ちを疑うつもりはないけど……触られたくないってのはつまり、俺、下手か?」
「あっ、いや、うーん……」
「そうだよな、最初の頃はふつうにえっちしてたもんな……、それがこうなってんだから、俺はもっと早く気づくべきだったんだよな……」

 いや、違う。それは違う。あたしの性癖が原因であって嵐斗くんはなんにも悪くない。
 焦って舌が回らないで、あ、とか、う、とか言ってると、嵐斗くんが勝手に自己完結し始めて尚更焦る。

「アテナちゃん、ほんとは違うんだろ、俺が下手で、されたくないから仕方なくこうなってるだけで、ほんとは……」
「ちっげーし!」

 慌てて口を挟むけど、どう説明したらいいのか全然分かんなくて、とりあえず嵐斗くんが勘違いしていることは否定しないと、と思う。

「嵐斗くんは、別に下手じゃないと思う! あたしが駄目なだけで……」
「……? でも触られたくないんだろ」
「いや、それは嵐斗くんがどうとかじゃなくて、どんな相手でも、で」
「……立ってする話じゃないな」

 風呂場から洗面所を通り、ダイニングを素通りして寝室に向かう。ベッドに、嵐斗くんがあぐらをかいて座ったので、その正面に正座する。なんか、正座の雰囲気だったよ……。

「うう……」
「なんで正座してんの」
「な、なりゆき……?」
「よく分かんねえけど、アテナちゃんは俺のケツを触りたいって言うよりかは、俺に触られたくないんだろ?」
「いやっ、パーセント的には嵐斗くんのお尻触りたいが七対三くらいで勝ってる……」

 嵐斗くんの眉間に深い皺が刻まれた。あたしの言葉の真偽を見定めるような目つきに、うろうろと視線が泳ぐ。しかしこのパーセンテージは嘘じゃない。
 あたしは嵐斗くんのお尻をかわいがりたい。

「仮にそれを信じるとして、触られたくないのが三割あるのはなんなの?」
「ウッ」
「この際だから全部話せよ。もう隠し事、ナシな」
「ウゥッ」

 嵐斗くんの隠し事を暴いた側としては、それに反抗できない。嵐斗くんは腕を組んでじっとあたしの口が開くのを待っている。
 じりじりと穴が開きそうなくらいの視線にさらされて、とうとう諦めて口を開いた。

「駄目なんだ、あたし……、自分の中になんか入ってくるの、マジで苦手で気持ち悪いの……。嵐斗くんが下手とかじゃないの、ほんとに、あたしが駄目なだけで……」

 嵐斗くんが黙ったままでいるからもっと喋らなきゃいけないような気がして、あたしはカレシのお尻を触るようになったことや、相手のことは好きだったから気持ちいい顔は見たかったことや、そんなこんなで最終的にカレシの尻をいじくるのが性癖になってしまったことなどを全部ぶちまけた。
 セックスもろくにできない女なんて嫌われる。喋っているうちにそう思って、言葉を探しながらどんどん息が詰まって、涙がこぼれた。

「……だ、だから、嵐斗くんのお尻が好きなのはほんとなんだけど、入れられるのが無理っていうのも、嘘ではなくて……」
「……アテナちゃん」

 きゅっと指を握られて、ぐにぐにと揉みほぐすように触られた。うつむけていた顔を上げると、嵐斗くんは優しい顔をしていた。

「話してくれてありがと」
「うう〜、ごめんん〜」
「なんで謝んの?」
「だってこんなのダメダメじゃん……」

 いつの間にか冷え切っていたあたしの指に体温を移すように、嵐斗くんが指を擦りつける。

「駄目じゃないよ。いいよ、アテナちゃんがそれで満足できるんだったら、俺のケツくらい自由に使え」
「うっわ男前……」
「だって、えっちはふたりで気持ちよくなるものだろ、アテナちゃんが気持ち悪いのを我慢させてまでちんこ使いたいわけじゃない」
「ひえぇ男前……」

 ぽろぽろ泣きながら嵐斗くんに抱きつく。スウェットの肩口をびしょびしょに濡らしながら足を乗っけて腰に巻きつけてコアラみたいにしがみついた。

「うお、なんだなんだ」

 笑いながら受け止めてくれる嵐斗くんがお母さんみたいだ……。背中をぽんぽんと優しく叩かれて、首筋に額を押しつけられた。熱い額だ。

「ただ……俺は気持ちいいけど、アテナちゃんはほんとうにそれでいい?」
「言ったじゃん、脳イキできるようになったって」
「俺ああいうの信じてねえからな」
「信じて〜! マジで気持ちいいから〜!」

 コアラになってぎゅんぎゅん巻きつけば嵐斗くんは、ぐえ、とわざとらしい苦しそうな声を出した。

「なあ、アテナちゃん」
「んー」

 不意にまじめな声。適当に返事をしたあとで、とりあえず腕の力を弱めて顔を覗き込む。額にぐりぐりと額を押しつけられて、思わず目をつぶる。

「好きだよ」
「……うん、あたしも大好き」

 意外とやわらかい嵐斗くんのほっぺをむにむにしていると、むらむらしてきた。

「……する?」
「……アテナちゃん、ムードない」
「……だめ?」
「駄目じゃない」

 ハハッと笑って、嵐斗くんはあたしを抱え込んだままあおむけに倒れた。

「好きなだけいいよ」

 はぁ〜マジで、尻揉んで二秒で即堕ちトロ顔さらす男と同一人物とは思えないこの思い切りの良さ……国宝かよ……。

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maetsugi
modoru