魚雷が釣れた


 魚を釣るには餌を垂らせばいいのである。正確には魚じゃなくて魚雷だけど、魚って入ってるからおんなじようなもんだろ。……さすがに違うか。
 土曜に出勤していたあたしは、やっぱり今日も魚雷に突撃されていた。

「てか、魚雷さん暇なんすか?」
「暇じゃない! わざわざ時間を割いて来ているの」
「それを暇っつうんだろ……」

 あたしは、この女が罵倒するようにあまり賢いほうではない。理論よりも感覚で動くし、経験よりも感覚で動くし、いいなって思ったらやるし、やだなって思ったらやらない。
 でも、自分で言うのはなんなんだけど、その感覚が外れたことってあんまりないし、あたしはこのミッションをうまくこなせると思っている。

「魚雷さん、そんなんだと嵐斗くんに嫌われちゃいますよ」
「うるさいなあ……、ていうかさ」
「はあ」
「その魚雷さんってやめてくれない? わたしには、イイヅカマナミっていう名前があるのよ」

 はい来た。楽勝。

「マナミってどんな漢字書くんですか」
「真実の真に、神奈川の奈に、美しいだけど」
「久しぶりにめちゃくちゃ肉食べたいなあ」
「聞いておいて興味がないの、失礼じゃない?」

 あるってば、興味。むしろ興味しかないっての。
 無事に、違和感なく魚雷女のフルネームをゲットしたあたしは、休憩室に戻ってランチをとりながらスマホを片手で操作する。

「い、い、づ、か、ま、な、み、っと」

 たぶん、インスタやツイッターの類はやってない。でも、変な確信があった。

「……ビンゴ」

 フェイスブックのプロフィールが引っかかったのだ。何人か、同姓同名がヒットした中で、プロフィール写真が本人の写真だったから確定してタップして壁にぶち当たる。
 ログインしないと詳しい情報が見れない。

「…………うん、よし」

 もちろんアカウントなんて持っていなかったあたしは、みんなで共通で管理しているサロンのアカウントでこっそりログインし、魚雷女が公開している来歴を見る。
 居住地は目黒区。出身は、藤沢市。

「藤沢……」

 範囲が広いな……。
 よく考えれば、小学校六年生で施設に入ったら、中学校からは学区が変わって魚雷女と学校が変わる可能性のほうが高い。のに、そうならなかったってことは、魚雷女の家とその施設は近いということだ。しかし藤沢に飯塚家なんかいっぱいありそうだし、学区なんか線で引いてあるわけじゃないので分かりゃしない。
 くっそ、魚雷女、もっと珍しい苗字ならよかったのに。
 藤沢市の施設を全部リストアップして、一個ずつ潰していくしかないのか?
 けっこう面倒くさそうな作業だし、最近個人情報とかいろいろあるから、施設がすんなり教えてくれるとは思えないけど、やらないよりはましである。
 シフトを確認して、早速明日が休みなので藤沢まで行くことにする。それまでにいろいろ準備しないと。
 そう、あたしが考えたのは、あたし自身が嵐斗くんの過去にたどり着ければ、あたしが嵐斗くんにそれを教えてあげることができるのでは、ということだった。
 勝手に嵐斗くんのことを嗅ぎ回るのは気が引けたけど、魚雷女が隠したことを、施設の職員が本人に隠さないとは限らない。
 他人のほうがいろいろ動きやすいのでは、と思ったのだ。
 それに、きっと職員には嵐斗くんはもう飽きるほど聞いたのだろう。それで知らないのだから、結果はお察しだ。

「どうすっかな……」

 なにか、もう少し手がかりがないかと、個人情報ダダ漏れの魚雷女のプロフィールを見ていると、どうやら大学は都内に進学したようだった。そこでふと思いつく。

「友達だ……」

 友達としてつながっている人たちを当たっていけば、出身中学校が割り出せるかもしれない。いや、それよりも。
 もしかして、嵐斗くんの過去を知っていて、それでいて口が軽いのは、嵐斗くんを大事に思っている魚雷女でも、育てていた施設の職員でもなくて、無責任な同級生なんじゃないか……?
 それに気づいた瞬間、さすがにとんでもない罪悪感が胸を突いたが、あたしはなりふり構ってはいられなかった。
 嵐斗くんのためではない。これは完全にあたしのための作業になってしまっている。
 でも、突っ込んだ片足を抜こうとは思えなかった。



「アテナちゃん」

 ハチ公の人混みの中に見つけた嵐斗くんが、同じくあたしを見つけて手を振っている。近づけば、寒そうに鼻の頭を赤くしていた。たぶんあたしもおんなじ顔をしている。

「何食いたい?」
「今日は〜頭使ったからがっつりいきたい!」
「頭? 何したの?」
「あっ、えーと、……なんかよく分かんない難しい話するお客さんに当たって……」
「ふうん、どんな?」

 うっ。
 あからさまに困った顔をすると、嵐斗くんはふっと破顔した。

「どうせ、アテナちゃんのことだから、もう何の話かも覚えてないんでしょ」
「ば、ばれてら〜」

 嵐斗くんの過去を探るために普段使わない脳みそフル回転させてたなんて言えない〜。

「がっつり、つーと肉かな……」
「嵐斗くんいつも肉だな……」
「え、肉やだ?」
「いや、今日は肉で許す」
「あざす」

 とは言え、なんだか今日はあたしも嵐斗くんも疲れ果てていて、店を探す気力がなくて。しかたないなあと笑いながら目についた牛丼屋に入った。
 カウンター席に並んで座って、あたしは並盛、嵐斗くんは大盛を頼み、割り箸をいじくりながら嵐斗くんが口を開く。

「今日どうする? 泊ってく?」
「うーん、どうするかなあ……」

 悩んでいると、あたしが送ったあたしのシフトを確認した嵐斗くんが、お、と言う。

「アテナちゃん明日休みじゃん。しかも二連休」
「そうなんだよな〜、かなり久しぶりの二連休なんだよね〜」

 運ばれてきた牛丼にめちゃめちゃ七味を振りかけている嵐斗くんを尻目に、ぱちんと割り箸を割る。

「俺も明日休みだからさ、泊りにおいでよ」
「え、マジ!? マジだ! とま…………あっ」

 泊る〜! と言いかけて、それこそ、あっとなる。
 明日は藤沢に行くはずだったのでは……。いやでもちょっと作戦変わったし、施設巡りはしないことにするか? それにせっかく明日はかなり久々にふたりの休日がかぶっているのだから、そこを潰すのは避けたい、何よりあたしは二連休だから明後日もチャンスはある……。

「どした?」

 食べようとした手を止めて、嵐斗くんが不自然に言葉を止めたあたしを覗き込んでくる。

「なんか用事あった?」
「や……ない……」
「いや、明らかありそうな顔してるわ」

 笑った嵐斗くんが、箸を左手に持ち替えてあたしの頭をぐしぐしと撫でた。

「無理しなくていいって。友達と会うとか、いろいろアテナちゃんにもあるだろ。俺とばっか遊んでもなあ」
「いや、マジで用事はないんだけどさ……」
「……? どしたん、マジで」

煮え切らないあたしを不審に思ったのか、嵐斗くんは牛丼に口をつけない。

「別に、気ィ使わなくてもいいんだって、アテナちゃんと会わないなら俺も俺で掃除とかするし……」
「掃除しかすることないのかよ、そこは、俺も友達と遊ぶし〜とか言ってくんない!?」
「いやだって俺地元遠いし、こっちにあんま友達いないし」
「へ?」

 藤沢市ってそんな遠いか? そりゃ、都心からは一時間くらいかかるみたいだけど……。

「あれ、言ってないっけ、俺長野県出身だよ」
「え? 聞いてない」
「まあ話すタイミングもなかったしなあ。アテナちゃんは埼玉でしょ? いいよな、近くて」

 え、あれ? 話が違うぞ? だって魚雷女は藤沢出身で、なんで嵐斗くんは長野の施設で育ったのに幼馴染……?

「埼玉のどの辺?」
「大宮……」
「へえ、じゃあかなり近いんじゃん」
「頭こんがらがってきた」
「なんで?」

 出身が藤沢なだけで、育ったのは長野県……。あ、そういうことか、そうだよな、なるほどな。生後二ヶ月で長野県へお引越し、じゅうぶんありえる。よし、飲み込んだ。

「長野って方言とかあんの?」
「分からん。おやきはある」
「おやきってなに?」
「硬い肉まんみたいな……中身の具がいろいろある」
「え、めっちゃ食べてみたいんだけど」

 ようやく、牛丼をふたりで食べ始め、ていうか嵐斗くん死ぬのかってくらい七味かけてたけど大丈夫なんだろうか、と思いながら横目でちらりとうかがうと、嵐斗くんもあたしを見ていたらしくばちっと目が合った。

「ん、なに?」
「……嵐斗くんが先に見てたじゃん」
「うん、食べてんのかわいいなって思ってた」
「カーッ、これだから!」
「なに?」

 嵐斗くんほんと、そういうとこ!

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