みこちゃんの恋

 学校が休みであることをこんなに憎んだことはない、と思うくらい、最近のあたしは土日を憎んでいる。吉川さんと毎日お昼ご飯を食べるようになってからだ。
 お母さんとお昼ご飯を食べたあと、みこちゃんと出かける約束だったので着替えて出発する。一応名目はショッピングだけど、鷹宮学園はバイト原則禁止で、よっぽどの理由つきでないと申請が通らないため、あたしたちはそんなにお金を持っていない。なので、冷やかしでお店を覗いたらあとはカフェかどこかでコーヒーでも頼んで時間いっぱい、たっぷり粘ってお喋りするんだと思う。
 みこちゃんの家は知らないけど、うちは母子家庭でお金に余裕がないから、お母さんにお小遣いをねだるのも気が引けるし、中学生のころから貯めていたお年玉やお小遣いは、吉川さんのお弁当代にちびちびと消えていく。ただ、みこちゃんと遊びに行く、と言ったら軍資金を少しばかりいただいたので、これはちんまりと使って残りはありがたく貯金しようと思う。

「新」
「おはよう!」

 待ち合わせの駅前に行くと、みこちゃんが先に来ていた。みこちゃんは、普段学校でも先生にばれない程度にうっすらお化粧しているし、休日はとってもかわいい。服装も、メイクも、大人っぽくてかわいい。
 対してあたしは、と自分を見下ろすと、シンプルにTシャツの上に花柄のシャツを重ねてデニムのスカートだ。すっぴんだし。まだ高校生になったばかりだし怠けているわけではないけど、みこちゃんのとなりに並ぶと、中学生と大学生みたいだ。

「あたしも、お化粧したほうがいいのかなあ」
「別にいらないんじゃない?」
「吉川さんはどういう女の人が好きなのかなあ」

 お洋服を物色しながら、自然と話は吉川さんのことになっていく。とは言っても、自然と、と思っていたのはあたしだけだったらしい。

「また吉川さんの話?」

 みこちゃんがうんざりしたように、服を物色する手を止めた。

「かわいくて、胸の大きな人が好きなんだって」
「胸? 新、アウトじゃん」
「これから大きくなるの!」

 Sサイズの服が難なく入ってしまい、何なら余裕すらある胸部を見下ろして唇を尖らせる。
 かわいいって具体的にどういうかわいさなんだろう。今度吉川さんに聞き直そう。

「これ、かわいい」
「あ、ほんとだ」
「胸にフリルついてるから、新の胸も大きく見えるんじゃ」
「一言余計だよ!」

 みこちゃんの、決して大きいとは言わないけどあたしよりはずっと豊かな胸元を見て歯噛みする。悔しい。
 それで結局、みこちゃんもそんなに持ち合わせがないらしく、服を一着だけ買って早々にカフェに移動することになる。飲み物を注文して受け取り、席について早々、あたしは口を開く。

「牛乳飲んでるけど、身長も伸びないし胸も大きくならない」
「牛乳って効果あるの?」
「えっ?」

 携帯をいじってメッセージのチェックをしながら何気なく言ったその言葉に愕然とする。携帯をテーブルの上に置くと、みこちゃんは少し唸った。

「だって、牛乳ってカルシウムでしょ? 骨を強くはしてくれそうだけど……。うちのお兄ちゃんもずっと牛乳飲んでたけど、そんなに大きくないよ」
「じゃあ何食べればいいの?」
「……豆乳とかのほうが、意味がありそうな?」

 豆乳って、あのまろやかなこっくりした甘さがすごく大嫌いなんだけど。
 しかし、ここは嫌いだとか駄々をこねている場合ではないのでは。吉川さんの好みに近づくためには少しくらいの我慢も必要なのでは。
 みこちゃんはアイスコーヒーにシロップを入れてストローで掻き回しながらあたしの身体をじっと見て、また唸り声を上げた。

「新って、ちょっと細いんだよね。全体的にもうちょっと肉感あるほうが、男の人って好きだと思う」
「肉感……?」
「私は男じゃないから、なんとも言えないけどさ」

 たしかにあたしはちょっと細めだ。ダイエットについて悩んだことがない、と言うと友達から袋叩きに遭うこともよくある。もう少し肉をつけたほうがいいなんて、考えたこともなかった。
 でも、よく考えれば胸のふくらみだって脂肪だ。肉だ。

「太ればいいのかな?」
「そこまでしなくても、あと少しだけフォルム? を丸く? みたいな?」

 すごく疑問形でみこちゃんは両手で丸を描く。それを真似して、あたしも手でボールを持つように丸を描きながら、眉を寄せた。

「豆乳飲んだら、ふっくらするの?」
「結局体型って、女性ホルモンとかでしょ。豆乳でそれを調整したら、丸っこい身体になるんじゃない?」
「豆乳で女性ホルモンが増えるの?」
「……分かんないけど」
「無責任だよ!」
「調べればいいじゃん!」

 糾弾されたみこちゃんはやけくそで、テーブルの上のあたしの携帯を示した。それもそうだ、とあたしは携帯を持つ。

「とうにゅう、じょせいほるもん、っと」

 なになに、ダイエットにおすすめです、とな……これは駄目だ、あたしには縁のない話である。
 いろいろ調べて、女性ホルモンのバランスをととのえてくれるようであることは分かったが、やっぱり世の中の女の子は痩せたいらしく、豆乳で丸っこい身体になれるかどうかまでは分からなかった。

「結局……何を食べれば身体が女の子らしくなるの?」
「あっ」

 みこちゃんが、何かに気づいたように目を見開いた。

「世間一般には、太るって敬遠されるようなものを食べればいいんじゃない?」
「ああ!」

 頭の中で、陳腐にトンカツとスイーツが踊り出す。
 ん、でも待てよ。

「太るのと、女の子らしい身体であることって、別問題なのでは?」
「そうかも……」
「そもそも女の子らしい身体ってなんだろう……」
「うーん」

 ほとんど飲み終えて氷ばかりになってしまったコーヒーをストローで音を立て刺しながら、そんなことよりさあ、とみこちゃんは言う。

「そんなことより、サッカー部の迫田先輩がイケメンなんだよね」
「もーまたそういう話なの!?」
「え、新の吉川さんネタもじゅうぶん、また、に入るんだけど」
「ネタとか言わないでよ!」

 芸人さんが笑いを取るために、起こったことを面白おかしく話している、みたいな扱いはやめていただきたい!
 あたしは真剣に吉川さんが好きで、一切の誇張も妄想もなく事実のみを淡々と述べているのだから!

「……一切の誇張も妄想もなく、事実のみを淡々と述べている?」
「そうだよ!」
「どこが? いい感じだ〜、とか、誇張で妄想だし、淡々と話せてるって思ってんなら新は自分を全然客観視できてないよ?」

 いい感じなのは誇張でも妄想でもなく個人の感想なのに。
 しょんぼりしてカフェラテをくるくるスプーンで掻き混ぜて唇を尖らせる。

「たしかに、淡々とは話せてないかもしれなけど……」
「でね、迫田先輩って、ああ見えて身長が百七十センチしかないらしいの。なんかもっと大きく見えるよね」

 ああ見えて、って、あたしはその迫田先輩とやらのお顔はもちろん、名前すら今知ったくらいなのだが。
 でもとりあえず、みこちゃんにはいつもなんだかんだお世話になっているので、そのお話を聞くことにする。

「みこちゃん、身長何センチだっけ?」
「百六十三だよ」
「じゃあ、並んだらそこまで身長差ないよね」
「人は見かけじゃないから……。あと、あたしはあんまりとなりに並ぶことは考えてないなあ」

 みこちゃんの発想がいつもよく分からないのだ。好きな人と、一緒にいることを想像しないみこちゃんが、よく分からない。

「別に好きなわけじゃないからかな」
「じゃあ、みこちゃんの好きって、何?」
「え」
「あたし、みこちゃんの恋の話聞きたいなあ……」

 あたしばかりいつもお喋りしているので、たまにはみこちゃんのかわいいそういう話も聞きたい。と思ってそう言うと、顔を真っ赤にして、へへへ、とか変な笑い方をした。

「別に好きな人はいないよ……」
「……」

 その顔は、いるんだな。
 早坂先輩や迫田先輩にきゃあきゃあ言いつつ、ちゃんと好きな人がいるんだな?

「ふうん……内緒にするんだ、ふうん……」
「別にそういうのじゃないってば」

 まあ、話したくないものを無理に聞き出すほどあたしだってお子さまじゃない。そっとしておいてあげようじゃないか。
 でも、きっとそのうち聞かせてね。あたしは、みこちゃんが何だかんだ吉川さんとのことを応援してくれているの、分かってるから、みこちゃんの恋を応援してあげたいんだ。

「ありがと、でも別に、ほんとに好きな人いないからね!」
「はいはい」

 むきになって否定する恋心とはいかな心境かは相変わらずよく分からないんだけど、そんなこどもっぽいみこちゃんもかわいいので、まあよしとしよう。