03


 一晩ぐっすり眠り体調もよくなって、翌日の夕方セレネはシディアンに迎えられて城下町の家に帰ってきた。セレネの体を心配しておろおろしているシディアンを見て、ヴェルデは複雑そうな顔で唇を尖らせて言った。
「なんだか面白くない」
 なんだそれは、と思ったが口には出さず、シディアンはセレネとしっかり手をつないで後宮をあとにした。まだまだ寒い中シディアンが持ってきた青色のコートを着て、セレネはうれしそうに笑った。
 家に着くと、セレネはふうとため息をついてベッドに座り込んだ。
「どうした?」
「歩くのが久しぶりだから、疲れちゃった」
「ああ……傷にさわっていないか?」
「うん、大丈夫」
 上着を脱いだシディアンは、いつもならすぐに楽な服に着替えるところをそのままセレネの横に座った。そして、セレネの顔をじっと見る。するとセレネは不自然な態度で目をそらした。
「セレネ」
「な、なに?」
「なぜ目をそらす」
「……恥ずかしいから」
 セレネの雪のように白い肌は、赤面するとすぐに分かる。赤くなった頬になんだか気まずくなったシディアンは、がしがしと後頭部を掻いた。緑と青の少し潤んだ瞳にちらりと遠慮するように見つめられてはたまったものではない。
「……たしかに、少し恥ずかしい」
 そのまま二人で見つめ合い、その甘ったるい空気に、ふふ、とセレネが照れたように笑った。
「恥ずかしいけど、うれしい」
 その言葉は、よく分かる。シディアンは小さく頷いてセレネの柔らかな髪を撫でて後頭部に手を回した。そのままゆっくり自分に引き寄せてその血色の悪い可愛い唇に自分の唇を寄せる。
「……セレネ」
「ご、ごめんなさい」
 直前で顔をそらされて頬に当たらざるを得なかったその口で咎めるように名前を呼べば、熟れきった林檎のように顔を真っ赤にしたセレネがほとんど泣き出しそうなくらい瞳を潤ませて、うつむいた。耳もぺとりと垂れている。
 そのまま案の定泣き出したセレネに、自分は事を急ぎすぎたのかと少し心配になる。
「ごめんなさい、ちゃんと、やらなきゃいけないの、分かってるんだけど、恥ずかしくて、でも、ちゃんとやらなくちゃ」
「……」
 嗚咽まじりに必死にそう弁解するセレネに思わずため息が出る。そのため息も、セレネをおびえさせたようでますます泣き声が激しくなる。
「セレネ、別に怒ってない。怖がらなくてもいい」
「で、でも」
「少し急すぎたな」
「……」
 ちらっと顔を上げてシディアンの顔色をうかがうかのように、セレネが視線を合わせてくる。それに微笑んでみせて、シディアンはセレネの頬を撫でた。傷のせいで少しざらついているのが悔しい。
「泣いたら、傷にしみるだろう」
「……ごめんなさい」
「謝る必要はない」
 目を真っ赤に泣き腫らしているのはとても気の毒なのだが、シディアンはつい笑ってしまう。自分のために一生懸命になるセレネが、どうしても可愛いのだ。
「セレネ」
「……」
「少しずつ慣れていけばいい」
 恥ずかしいと思われるのは、それだけ自分が意識されている証拠だと肯定的にとらえることにして、シディアンはセレネの耳を撫でながらあやすようにそこに軽くくちづけた。セレネの肩がぴくりと浮いて、そわそわと見上げられる。
「ね、ねえ、シディアン」
「なんだ?」
「今日は、一緒に寝てくれる?」
「……」
「シディアン……?」
「……背中を向けてもいいならな」
「うん、シディアンの背中にくっつくの、好きなの」
「……」
「とっても、安心する」
 恥ずかしそうにへにゃりと相好を崩して、セレネがふわっとシディアンにもたれかかる。抱きとめると、セレネからふんわりと後宮でたかれていた香の匂いが漂ってきて、シディアンは眉をひそめた。
「シディアン?」
「……」
「あの、えっと」
ぎゅっとセレネを抱きすくめると、慌てたように腕の中でもがいている。その細く柔らかい首筋に額をすり寄せると、セレネがとたんにおとなしくなった。香の匂いが強いその首筋に唇を押しつける。白い肌がびくりと粟立った。
「シ、シディアン」
 またため息をつく。自分の匂いにしないと気が済まないなんて、俺は動物か何かなのか。

 *

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