04
「アージュ、シディアン。そこまでです」
凛と響いた声に、シディアンが目を閉じてため息をつく。アージュの体の力が抜けて、眉間に一本深いしわが刻まれる。
部屋の扉に目をやれば、そこには護衛の兵士を従えたヴェルデが立っていた。
「ヴェルデ、さん」
ヴェルデと兵士二人が、ゆっくり部屋の中に入ってくる。そしてヴェルデはアージュを見下すように睨みつけた。シディアンが、アージュが抵抗してばたつかせる腕を押さえる。
「貴族院の支持を集めるために、子爵と手を組んだのは失敗でしたね」
「……」
「知ったからには、僕はあなたを弾劾する義務がある」
と、セレネの腕を掴んでいた男の手が離れた。セレネが思わずそちらに目をやると、男がこっそりと逃げ出そうとしているところだった。
「あっ」
セレネが漏らした声に反応したのは、シディアンだった。アージュから手を離して扉を抜けて階段を下りていく男を追おうとしたシディアンの背に、ヴェルデの声が冷たい水のようにぴしゃりと振りかけられた。
「セレネを置いていくんですか」
「……」
一瞬、シディアンが立ち止まる。
「今あなたが優先すべきはセレネでしょう」
「……セレネを、頼みます」
「隊長」
「合わせる顔がない」
そう言い残し、シディアンは男を追って部屋を出て行った。その背中をじっと見ていると、いつの間にかそばに来ていたヴェルデが隣にしゃがみこみ、セレネの擦り傷のできた頬を撫でた。全身が、軋むように痛かった。
「ひどい怪我だ」
「ヴェルデさん……」
「戦う男というのはよく分からない。こんな時こそあなたのそばにいるべきだというのが分からないんでしょうかね」
「……」
シディアンのことを言っているのは分かるが、ヴェルデが嘆く理由が分からない。
「……シディアン、怪我したのに」
「え?」
「わたしのせいで、怪我したのに。ごめんなさいって言えなかった」
「……あとで、言いましょう」
ヴェルデの背後で兵士が、抵抗するアージュを押さえつけて両手首を拘束している。
「ちくしょう!」
「アージュ。悪あがきはよしなさい。このことは父上も承知のことです」
「……!」
ヴェルデが、セレネの頬を撫でながら視線を動かさず、しかしはっきりとした口調で言い放つ。
「人身売買は今国を挙げて騎士団が摘発に乗り出していることくらい、分かっていたはずですよ」
「お前に何が分かる!」
「何も分かりませんし、分かりたくもありません」
ヴェルデの瞳は、鋭く冷たい。そして声色も、セレネがいつも聞いているそれとはまるで違う。
「しばらく牢で頭を冷やすことをお勧めします」
「うるせえ!」
無様にもがくアージュは、自分を笑いながらいたぶっていたあのアージュとはまるで別人のようだった。
すべて、終わったのだと思った。
そっと目を閉じると、体や気持ちの疲れが一気に襲ってきて、セレネはヴェルデに抱え込まれるようにして気を失った。
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