07

「いい加減にしろ！」
「シディアン？」
「君は危機感がなさすぎる。今君は、あの男たちに連れ去られて危険なことをされるところだったんだぞ。それを何をのんきなことを言っているんだ。もう少し、危機感を持て。だいたい、君がそんなふうにのんびりしているからさっきみたいな男につけこまれる……」
　説教の途中で、シディアンははっとした。籠をぎゅっと抱きしめたセレネが、徐々に徐々にうつむいてしまったのだ。ちらちらとシディアンの顔色をうかがうように時折上げられる顔、その瞳にはこんもりと涙が溜まっていて、震えているのか細かく揺れていた。
　良心をちくちくと攻撃するその涙目に、シディアンは思わず口をつぐんだ。しかし、いつも今日のように自分がそばにいて助けられるわけではない。危機感は持ってもらわねばならない。シディアンは心を鬼にすることにした。
「いいか。ああいう輩にまともに取り合ったらだめだ。目を合わせるな。ぶつかったりしたら、ごめんなさいだけ言ってすぐに立ち去れ。どうしても絡まれたら、周りに助けを求めろ」
「……はい」
　完全にしおれてしまったセレネに、やはり言い過ぎたか、と思うが心配なものは心配なのだ。自分のいない隙にああいうことがあって、今度こそどこかに連れ込まれたりしてあとで、「やっぱりあの時きちんと言っておけばよかった」と後悔するのはいやだ。それに何より、そういう事態になって一番傷つくだろうセレネの顔は、見たくない。
　シディアンは、自分が怒る時に少し声が大きくなってしまうことを知っている。だから、今の説教もけっこう大声でがなり立てていたのだろう。セレネは怒られたと自覚して、完全に委縮してしまっている。今にも泣きだしてしまいそうだ。
　とりあえず、言うべきことは言った自分が次にすべきは、怒鳴ったことの謝罪とご機嫌取りだと察する。
「……怒鳴って悪かった。君が心配だ」
「……」
　セレネがこくりと頷いて、その拍子にぽたっと一粒涙が落ちて、セレネは慌てたようにそれを拭おうとしたがシディアンははっきり見てしまう。ぎくり、と顔が引きつった。
　自分は怒鳴った以外は間違ったことはしていない。そんなことは分かっているし、セレネが泣こうがわめこうが心配なものは心配なのだから仕方ない。ただ実際泣かれてしまうと、罪悪感がひしひしと襲ってくる。
　そうっと手を伸ばすと、びくっと体を大仰に震わせて、おびえられた。シディアンは自嘲するようにため息をついて、その細い手を引っ張った。一瞬の抵抗ののち素直についてきたセレネは、鼻をぐすぐす言わせている。涙の一粒や二粒、こぼれているのに違いない。
　これじゃあ台無しだ。何かセレネが好きそうな甘いものを買ってやろうとか、男が入るには少し恥ずかしい店にも寄って行こうとか、新しい服を好きに選ばせてやろうとか、そういう甘い計画が台無しだ。
ざわざわしている周囲を見回して、シディアンは一軒の出店の前で立ち止まった。
「セレネ」
「う」
「もう泣くな」
「うん」
「もう怒ってない」
「うん……」
「ほら、好きなのを選べ」
「え？」
　シディアンが立ち止まったのは、花屋の前だった。色とりどりの花を飾っている花屋の主人である老婆が、にこにこ笑っている。
「隊長さん、可愛らしい子を連れているのね」
　老婆の視線の先をたどると、つないだ自分たちの手にぶち当たり、シディアンは先ほど同様やはり恥ずかしくなるが、今更離すわけにもいかないし、離してさっきのようにセレネが絡まれるのももうごめんだ。城下町にはいろいろな人種がいるとは言え、セレネのような銀髪に左右の目の色が違うというのはやはり人目を引く。
　ちらりとセレネの様子を見ると、彼女はようやく涙を引っ込めて、その名残のあるきらきら潤んだ瞳でじっと花を見つめていた。
「花は、好きか？」
「う、うん」
「どれでもいい。選びなさい」
「ほ、ほんとに？　ほんとにどれでもいいの？」
「ああ。俺は、花は詳しくないから」
　セレネは数分悩んで、うろうろと花と花との間で視線を行き来させて手を伸ばして花びらを指でつついたり茎を撫でたりと触れながら、ようやく一輪の桃色の花を指差した。
「これだけでいいのか？」
　別に花束くらいなら買ってやれる、という意味を込めて聞けば、セレネはこくりと頷いた。
「うん。これが、一番きれい」
「そうか」
　シディアンが老婆に金を渡すと、老婆はくすりと意味ありげに笑い、丁寧にその一輪を包んでくれて、ついでに白くて細かい花が茎から群生しているものも一本添えてくれた。
「可愛いお嬢さんには、お花が似合うわねえ」
「ありがとうございます！」
　先ほどまでのしょんぼりした態度はどこへやら、セレネはにこにこ笑っている。シディアンはほっとして、セレネと手をつなぎ直した。小さな花束を籠に入れて、セレネは何度も何度も、その花を確認するように覗き込んでいる。
「気に入ったか？」
「うん！」
「家に帰ったら、適当な花瓶を探して、活ければいい」
「花瓶、あるの？」
「なかったら、別にコップでもいいだろう」
「うん」
　とりあえず、セレネがご機嫌を直したようなのでシディアンは一安心して、セレネの手をぎゅっと握った。まだまだ冷たい風が吹く中で、手だけがどこか優しくほんのりと温かかった。

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