05
窓から入る日差しが強くなってきている。極寒の冬が過ぎ、季節は春に向けて動き出している。
「そういえば」
「なんでしょう」
「君、セレネとベッドをともにしているとか」
「……」
この男にどこまで喋ったのだ、セレネは。そして言い方があまりに紛らわしい。シディアンは咳払いをひとつして、首を横に数度振った。
「誤解を招くような言い方はよしてください」
「僕と君だけのこの部屋で誰が誤解をするんです?」
「とにかく、俺は何もしていませんし、寒いと彼女が言うから……」
「言い訳はけっこうです。相変わらず君は真面目ですね」
たしかに、寒いからというのはあまりにも言い訳くさい。返す言葉をなくしたシディアンに、ヴェルデはさらに言い募る。
「以前いい仲だったどこかの貴族のお嬢さんとも、何もなかったんですか?」
「……まさかそのことをセレネに?」
「知られたら何かまずいことでも?」
「言ったんですか」
「知られたら、何かまずいことでも?」
いたずらっ子のようにくすくす笑いながらもてあそんでいた本を開いたヴェルデに、シディアンはもう何も言えずに執務室をあとにした。
執務室から自分の持ち場へ戻る途中、シディアンはふと、セレネのことを考える。もしも自分が戦地で倒れれば、ほんとうに彼女は泣くだろうか。
馬鹿馬鹿しいと思った。セレネに頼らせるだけ頼らせて、その笑顔を甘やかしているのは自分なのに、何を、と。ほかに身よりのない彼女を誰が助けるというのだ。
セレネには、笑っていてほしい。自分が一番傷つけるかもしれないのに、矛盾しているが、それでも自分が笑わせたい。
今度の休日は、セレネを連れて町に出よう、と思う。ヴェルデの手土産を毎度美味しそうに食べているから、甘いものを買ってやってもいいし、自分が付いていれば普段行かないような場所にも連れて行ってやれる。
兵士の宿舎の前に戻ると、訓練の休憩中だった部下の兵士が近寄ってきた。
「お疲れ様です、隊長」
「ああ」
「何かいいことがありましたか?」
「え?」
「いえ、なんだか顔がだらしないです」
あまりに直球な物言いに、シディアンは思わず眉を寄せ頬を引き締め、部下を睨む。彼は、ひるむでもなく朗らかに笑った。それにつられて笑うと、部下がやっぱり、と言う。
「いいことあったんじゃないですか」
「別に。そういうわけじゃない」
「そうですか?」
どうやら、自分が顔を緩めるとそう思われるらしい。彼らの中で自分はいったいどれだけ堅物なのか、と思う。ヴェルデの真面目発言は、的を射ているのかもしれないな、とため息をつく。
それなら、機嫌がいいと思われているうちに恥ずかしいことは済ませておくに限る。
「なあ」
「なんでしょう」
「城下町で、年頃の女の子が喜ぶような店を知っているか?」
「……隊長、仕事中です」
部下が露骨に顔をしかめてみせる。
「……冗談だ」
たしかに、仕事中に逢引の話題を呈するのはあまりよくなかった。しかし彼が顔をしかめたのはほんのお飾りだったらしく、次の瞬間にたりと笑った。
「例の、お金が数えられない女の子ですか?」
「……妙に詳しいな」
「そんな子は今時珍しいですから」
たしかに。字が読めない人間はいるかもしれないが、生活に不可欠な金を計算できない人間は見たことがない。
「肉屋のじじいが笑いながら教えてくれました。シディアン隊長にこっぴどくしかられたと」
「あのおやじ、懲りていないな……」
セレネがますます縮こまると思い本人には言わなかったが、肉屋のおやじが取った大きな硬貨は、かなりの金額なのだ。もちろん金は奪還したのだが、おやじは最後の最後までしらばっくれた。
仕事や訓練に明け暮れる毎日でろくに女性と接していない上、うら若い女の子、となるとまた勝手が違う。それに、一緒に暮らしていてもセレネの趣味や趣向はよく分からないし、いったいセレネはどこに連れて行けば喜んでくれるのか、とんと見当がつかない。
「女の子は、やっぱり可愛いものが好きなんじゃないですかね」
部下が、少し考えてから呟いた。可愛いもの。ぬいぐるみとか人形とかの類だろうか。自分が、そういう店に入ることを考えてみると、あまりにも似合わないし恥ずかしいことに気が付いた。
「できれば、男がいても珍妙でない場所がいい」
「珍妙って」
「俺がたとえばぬいぐるみに囲まれていたらおかしいだろう」
「そうですね」
あっさりと認めた部下の頭を小突いて、シディアンは深々とため息をついた。とりあえず、甘いものだ。
*
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