09


 鍋の中身を見ながら、シディアンは眉間にしわを寄せたまま聞いた。セレネは、ヴェルデの姿を思い起こしながらたどたどしく口にする。
「え、っと……きれいな服を着てて、金髪で、目が青くて、背が高くて、シディアンよりはきっと低いけど……、あっまつげも金色で、とっても優しそうだった。お近づきのしるしにって飴をくれた」
 しばらく黙り込んだシディアンに、セレネはもしかしてヴェルデはシディアンの知り合いでもなんでもないのかもしれない、と思い始めた。シディアンがヴェルデを知っていそうな雰囲気ではないのだ。
 ややあって、シディアンは言う。
「それはたしかに、ヴェルデだな」
「え?」
「本物か。執務室を抜け出したと思ったらつまらないことを……」
 ヴェルデに偽者がいるのだろうか、と不思議に思っていると、シディアンはセレネを見た。
「彼は、この国の王子だ」
「……おうじ?」
「王子、知らないか?」
「知らない」
「そうか」
 きょとんとするセレネの隣で野菜を皿に盛りつけながら、シディアンはこともなげに言う。
「王様は知ってるな。この国で一番偉い人だ。その人の子供が、王子だ」
「……」
一番偉い人の子供。王様をセレネは見たことがないので、王冠を想像する。その王冠の下にヴェルデの顔が思い浮かぶ。
「じゃあ、偉い人だ!」
「そうだな。かなりの権力者だ」
 ヴェルデの顔を仔細に思い出す。今更だが、言われてみれば品のある高貴な顔をしていたようにも感じる。あんなに物腰が柔らかく優しかったのも、偉い人だからだ、と思う。
「……でも、王冠かぶってなかった」
「王子は、王冠はかぶらない。将来かぶることになるかもしれないが」
 淡々と言って、シディアンは皿をテーブルに持っていく。スープをボウルに注いで、セレネもそのあとを追う。
 食事の途中、シディアンはヴェルデに関してさまざまなことを教えてくれた。
「この国には、王子が二人いるんだ。だから、ヴェルデが王様になるかどうかは分からない。俺は、ヴェルデが王様になったほうがいいと思っているが。でも現王は元気だしまだまだ先の話だけどな」
「ふうん」
「今は、軍師として騎士団の最高司令官をしている。騎士団の中で一番偉い人だな」
「ヴェルデさん、シディアンとお友達がいいって言ってた」
「……」
 パンを口に運びながら何気なくそう言うと、シディアンはなんとも微妙な顔をした。
「どう転んでも、友達にはなれん」
「どうして?」
「ヴェルデは偉いからだ」
 首をかしげたセレネに苦笑いを返して、シディアンはスープをすすって続ける。
「俺みたいな隊長風情がほんとうは軽々と近づける人間ではないんだ」
「……そうなの?」
 ふと、脳裏にヴェルデの笑う顔が浮かび上がる。友達でいたかった、と言うその顔はきっとほんとうにそう思っていた顔だったのに。
 パンを口に詰め込んで頬をもぐもぐと動かしながらも、セレネは質問する。
「でも、仲がいいんでしょう?」
「歳が近いこともあって、向こうはしきりに俺を気にしてはくれるけれど……やはり立場の違いはそう簡単には埋められない」
 セレネには、王子と騎士団の隊長の間にどれほどの身分の違いがあるのかは分からないが、ヴェルデはいい人そうだし、向こうが友達になりたいと言っていたならなればいいのにと思う。
「また遊びに来るって言ってた」
「……次に来たら、仕事は終わったんですか、と聞いてやりなさい」
 シディアンは皮肉っぽく唇を曲げてそう言ったが、居留守を使え、とは言わなかったし次に来た時の対応まで指南されたので、ヴェルデの言った通り彼は例外的に認められたのだと思った。
 スープは少しだけ、塩辛かった。それでも、シディアンは怒りもせず文句ひとつ言わず、飲み干した。

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