呼ぶだけで震える生命
05
「比奈、先輩のところ行かない?」
「うんっ、行くー!」
あたしたちは午前中売り子の当番で、午後からフリーだった。お昼はうちの焼きそばで済ませてしまったが、お菓子類なんかを食べに行こうと言っていたのだ。
パンフレットを見ると、先輩のクラスは喫茶店をやるらしい。だが店名からも説明からも詳細は読み取れず、いったいどんな喫茶店なのか分からない。来てのお楽しみ、と書いてある。
「どんな喫茶店なんだろうね」
「ねー」
「Hei,リノ!」
「おおっと」
この背筋の凍るような気持ちにさせる声は、と。
「あ、拓人さんだ! 来てくれたですか?」
「Si,晴れだったからね」
意味が分からない。とりあえず今日が雨ならよかったのにと本気で思った。
にこにこ笑いながら、あれは何、と聞く拓人さんに、比奈はいちいち笑顔で答えている。と、拓人さんの後ろからにゅっと外国人が顔を出した。
「──? ──!」
「Oh,scusa」
拓人さんより少し背が低い彼は、黒い髪に黒い瞳だが、完全に日本人ではなかった。よく焼けた肌に大きな目、それを縁取る長く太い睫毛、あたしの描くラテン系のイメージそのものである。
ぺらぺらと拓人さんが滑らかな言葉であたしと比奈を順に指して、紹介でもしているのだろう。
「紹介するね、彼はミケーレ。ミッキーと呼んであげてくれ。俺の友達だ」
「はじめまして」
「こんにちは!」
「──!」
困った。何を言っているのかまったく分からない。とりあえず、自己紹介だとは思うが。
そのままなんだか流れで一緒に行動することになってしまったようで、あたしと比奈は外国人ふたりを連れて歩くはめになり、校内で非常に目立っていた。視線がうるさい……。
パンフレットを持っているくせに、いちいちあれはなんだと聞いてくる拓人さんにうんざりして、自分で確かめればいいじゃないかと言うと、意外な答えが返ってきた。
「俺、文字はほとんど読めないんだ」
「え、そうなんですかー?」
「小学校まではGiapponeにいたからね、ヒラガナとカタカナくらいなら……」
イントネーションなどが訛ってはいるが流暢な日本語を喋る彼からすれば、けっこう意外な事実だ。
いいこと聞いたな。
「先輩のクラスは、ここだね」
「先輩、いるかなぁ。さっき焼きそば屋さん来てくれなかった……」
「メールは?」
「ないよー」
「来てるのかな……」
すずらんテープで作られた暖簾をくぐると、そこは異世界だった。
ブレザーやセーラー服といった女子の学生服を着ている男子、そして男子の学生服を着ている女子。女子はまだいい、問題は男子だ。毛深い足があらわになっていて気持ち悪い。