呼ぶだけで震える生命
03

 派手な色に塗られた「美岡祭」の看板。校内から聞こえてくるJ-POPやアニメソング、ざわめきと呼び込みの声。
 天候は真っ青な秋晴れ。客入りも上々、絶好の文化祭日和だ。が。

「いやだ」
「そう言わずに、尚人、お願い!」
「かわいこぶってもだめ」
「着ろよ」
「脅しにかからないでよ」

 おかしいと思ったんだ。
 昨日、比奈ちゃんから電話がかかってきて、クラスで焼きそば屋をやるから、遊びに来てという話をされた。どうせやることないし、と思って軽くOKすると、先輩のクラスの人も来てほしがっていたと言われた。
 わざわざ比奈ちゃんに頼みにきた、というのを怪しく感じたが、どうせ呼び込みや売り子をやらされる程度だろうと思い、深く考えなかったのが間違いだった。
 目の前に広がる異世界。頭がくらくらしてくる。
 俺に好意的でない男子たちが皆一様に、けばい化粧を施され女子の制服を着て毛深い腕や足をさらしている。気持ち悪い。
 男子の制服を着た女の子たちは普通に彼氏の服を借りたようで可愛い。できれば俺もそれがいい。
 しかしそんな甘い願いはテンションが上がってある意味野獣と化している女の子たちには通じない。
 セーラー服をちらつかせる子、化粧道具と思われるブラシを構える子、紺色の靴下を持っている子……助けてくれ。

「桐生くん、諦めなよ」
「……今ほど旭さんに殺意を抱いたことはない」

 男子の制服を着た旭さんが、困ったように笑う。旭さんなんかその学ランを着ているところをあゆむに襲撃されてヤられてしまえばいい。

「さあ!」
「さあ、さあ!」
「や、やめ、ちょっと、誰か助け……うわあああ!」

 女の子って怖い。
 結局捕まって好き放題身体中をまさぐられ、俺は悲しみに打ちひしがれていた。

「あははっ、尚人似合いすぎー」

 男子の中で唯一女子の制服が似合っている純太が、けらけらと笑う。はまり役は純太ひとりで十分じゃないか。なぜ俺を巻き込むんだ。

「日野くんも可愛いけど、桐生くんが着ると、ものすごい美人さんだね」
「女として負けた気分……肌つるつるだし」
「脱ぐから自信持ちなよ」
「それはダメ」

 マスカラのせいで睫毛が重い。唇はグロスを塗られたせいでべたべたする。
 これじゃあ比奈ちゃんのクラスまでなんて、とてもじゃないけど行けない。というか、こんな気持ち悪い格好をした俺に何をしろと?