呼ぶだけで震える生命
02
「たあっ!」
「相沢さん! 何してんだよ!」
装飾用のベニヤ板に、なんとも豪快に着色をはじめた比奈に、クラスメイトの非難が飛ぶ。
「こら比奈、そこはピンクだって言ったじゃん!」
「ってか、相沢のせいでほとんどペンキねーし」
「比奈は、ここは白のほうが可愛いと思うんだなー?」
「だなーじゃねーよ」
買い出しリストを書きながら、隣でクラスメイトの睦がその光景を見て苦笑いする。
「梨乃って、よく比奈と四六時中一緒にいられるよね」
あたし、嫌いじゃないけどずっとは疲れるかも、と素直にうなだれる睦。たしかに。比奈の行動の奇怪さには少々疲れることもある。だけど、その分一緒にいて飽きることなどないから、行動をともにできるのかもしれない。
「……ま、アホだけどいい子じゃん」
「まあねぇ……あのテンションに付き合える尚人先輩って、クールに見えるけど実はけっこうそういう人?」
「そういう?」
「ああいうテンションな人? ってこと」
先輩のテンションが、比奈的……。
「うわっ、それキモいわー」
「は?」
というか、普通に考えてあのテンションが二人では何も成り立たない。陰陽と同じで、対極だからあの二人はきっとうまくやれているのだと思う。光と影、白と黒、日本とブラジル。お互い、まったく違う性質だから、お互いのことを分かり合える。のか?
いや待て。これでいけば、あたしと拓人さんも相性は悪くないことになってしまう。この説はやっぱやめだ。
「うんまあ、あの二人はわりと似たもの同士」
「へえ、なんか意外ー」
ごめん、先輩。理数科の女子の間で、確実にあなたの株が暴落する予感。
若干引いた風な友人を眺め、あたしはほんのり先輩に心の中で謝罪した。……まあ、いいか。比奈以外の女の子にもてても困るだろうし。
「すいませーん」
「?」
教室の入口付近で、お揃いのはっぴを羽織ったギャルふたりが、キョロキョロと室内を見回している。緑色の上履きを履きつぶした足元で、二年生であることが分かる。
「なんですか?」
「相沢さん、呼んでくれない?」
クラス委員長とペンキのことでもめる比奈を呼ぶと、とたとたと駆け寄ってくる。近づいてきた比奈に、ふたりの顔がパッと輝いた。
「相沢さん!」
「?」
不思議そうにふたりを見つめる比奈に、右に立っている先輩がパシッと両手を合わせて頭を下げた。
「相沢さんって尚人の彼女だよね?」
「えっ」
「お願いがあるの!」
彼女、という響きに勝手に照れている比奈を他所に、ふたりはその「お願い」を口にした。
「尚人に、文化祭は絶対来て! ってお願いしといて!」
「……? 分かったですよ」
「ほんと? 助かるー!」
そのままふたりはきゃあきゃあはしゃぎながら、廊下を走っていった。
刷毛を持ったままきょとんとしてふたりが去っていった方向を見つめる比奈を、クラス委員長が呼ぶ。慌てて彼のもとへ向かう比奈を横目に、あたしと睦は言葉を交わす。
「先輩のクラスって、何するのかな」
「さあ……わざわざ比奈に文化祭来るように言ってってお願いしにきたってことはさあ」
「……ろくな企画じゃなさそう」
そして、あたしと睦のその予感はばっちり当たるのであった。
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