あなたの元へ還りたい
09

「……ない」
「え?」
「俺のコンタクト……」
「ああ……医者が取った」
「返せよ!」
「どうしてだ?」
「あれがないと……」

 見られた。もう遅い。比奈ちゃんにも梨乃ちゃんにもさらしてしまった、本当の俺の瞳の色。大嫌いなアイスブルーの気持ち悪い瞳。

「なぜわざわざそんなものをつける? その目では不満なのか?」
「不満? これは人殺しの色だぞ!?」
「何を」
「これのせいで母さんが死んだ!」

 拓人がたじろぐ。両目を覆ってうつむき、ぱたぱたと無意識に落ちてくる涙でベッドに染みをつくる。
 こんな人殺しの瞳を受け入れられるわけがない。毎朝鏡に向かうたび目を抉り取ってしまいたくなる。だからコンタクトをしていないときは鏡はなるべく見ないようにしていて、

「……なくなればいいんだ、こんな目」
「ヒサト、よせ」

 目を覆っていた手をゆっくりと剥がし、指を目に突っ込む。どうやったら取れるかな、眼球を掴んで引き抜くべきだろうか。
 白目を触っていた指が、小さな力によって引き抜かれる。

「先輩、やめて」
「……やめない」
「比奈、先輩のおめめ好きだから、やめて」
「こんな気持ち悪い色……」
「思い出しました。比奈、そのおめめ見たことあるですよ」
「……え?」

 当然、彼女の前でコンタクトを外したことはない。

「夏休みの前に、裏庭で」
「……」

 ああ、サボりがばれて草むしりさせられていたときか。

「コンタクトみたいなの入ってて、ずれてたの」
「……そう、なんだ」
「暗くなっててよく分かんなかったですけど、そっか、黒いコンタクトなんてあるんだぁ」

 くふふ、と比奈ちゃんが可愛く小さく笑う。それから、俺の指に絡めていた手で俺の頬を拭い、目元にその指を滑らせる。

「きれいな、優しい色」

 そんなふうに言う人なんていなかった。佳美さんは俺が青い目をしているのは知っていたけど、一度も優しいなんて言わなかった。小学生の頃は、毛色が違う、不義の子だなどの理由でいじめられていた。中学校に入る頃には染毛とカラーコンタクトを覚えた。
 だれも言わなかった。
 多くの人の人生を踏みにじった色だった。

「比奈、先輩のおめめ、大好きですよ」
「……」

 ぐしぐしと俺の情けない涙を拭ってくれる制服の袖は、あたたかかった。