あなたの元へ還りたい
08

 ……なんだ? 俺、どうしたんだ?
 さっきまで薄暗く湿った居心地のいい場所にいたと思っていたけれど、俺の目に飛び込んできたのは真っ白で明るい風景だった。

「せっ先輩が起ぎだよー!」
「……」

 俺の左手に、小さな手のひらの感触がある。視線を下げると、俺の手を比奈ちゃんが両手で握り込んでいた。
 泣き出した比奈ちゃんを呆然と眺めていると、スライド式のドアが開いた。

「ヒナ、どうし……ヒサト!」
「先輩……」
「うわーん!」

 そこから顔を出したのは、拓人と梨乃ちゃんで、驚いたような顔をして俺を見ている。

「……俺、」
「先輩、三日も寝てたんですよ」
「三日? 寝てた?」
「うぅっ、ひっく」

 三日も、寝ていた? どうして……?
 視線をさまよわせて、必死で記憶を追う。脳が忙しく働く。
 最後に視界に映ったのはたしか、比奈ちゃんの笑顔? 違う、あれは幻想だ。じゃあ、……ああ、そうか。

「俺、階段、踏み外して……」
「思い出したか?」
「うん……このまま目覚めなきゃよかったのに」
「おばかっ!」
「った……」

 ぱちん、と頬を張られた。大きな黒い瞳から、あとからあとからあふれ出る涙を拭いもせずに、比奈ちゃんが俺を見ていた。

「先輩がっ、いないと、悲しむ人たくさんいるの!」
「……」
「起きてくんなきゃ、困るのっ!」
「……ごめん」

 そのまま殴りかかってきそうな勢いの比奈ちゃんを、拓人が一応病人だと彼女を羽交い絞めしてたしなめる。と、横からさらに頬を張られた。

「いたっ」
「これが比奈を泣かせた分」
「リノ!」
「ぎゃっ」
「これが手間賃と電車賃」
「理不尽だ……」
「いてっ」
「これが、あたしを心配させた分」
「……」

 最後、ぼすりと鳩尾に入れられたのは、あまり痛くはなくて、いつもより目に力のない梨乃ちゃんの視線が、照れたように外れた。

「……ヒサト、目覚めなければよかったなんて、言わないでくれ」
「……」
「もう、心配させるな。お前がいなかったら泣く人間だっているんだ」

 それは、さっきまでいた場所であの人に言われたこととは正反対で、思わずぽろりと涙がこぼれた。

「うわ、みっともな……、あ、れ?」

 涙を隠すつもりで目にやった手が、違和感を覚えた。ない。俺のコンタクトレンズがない。
 慌てて起き上がろうとすると、拓人に点滴のチューブがある、とたしなめられた。左手と同じように右手を恐る恐る上げて、目元に持っていく。