あなたの元へ還りたい
05

「……」

 病室から、比奈の泣く声がして、あたしは白い廊下を引き返した。
 拓人さんは仕事があるというので、あたしと比奈は学校の帰り電車に揺られてここまで来た。車で行くとなかなか行き着かないが、電車では意外と便のよい場所にある。
 水の入った花瓶を持ったまま、病院の中庭に出る。金木犀が咲き乱れる中庭は、円形の中心から十字に道が通っていて、大きなこの病院の四つある棟の真ん中に位置していた。
 ベンチに座って、風に揺られながらあのふたりのことを考える。
 もう、三日だ。先輩はかたくなに目を覚まさないで、比奈は拓人さんに聞いた話にかなりショックを受けていた。
 彼が目覚めたら、まず鳩尾に一発、それから頬に一発、お見舞いしようか。比奈を泣かせるなんて冗談じゃない。

「リノ」
「……拓人さん」

 ふと声をかけられ、その方向を向くと、カーゴパンツのポケットに手を突っ込んだ拓人さんが立っていた。拓人さんはあたしの横に腰を下ろし、大きくため息をつく。

「病室まで行ったんだが、中からヒナの泣き声が聞こえてな」
「あたしも、それで中庭に」
「そうか……」

 やりきれない、といった顔で、拓人さんがもう一度、今度は小さく息を吐き出す。詳しくは分からないが、拓人さんは自分のせいで先輩が目を覚まさないとどうやら思っているらしくて、だから余計にやるせないと言う。
 別に、拓人さんのせいではないと思う。実の父親と会ったのがショックなのはあたしには理解できないけれど、それはきっと誰のせいでもない。
 いつか、先輩の家に押しかけてきた着物の男を思い出す。あれが、どうやら彼の義理の父親であるらしい。細かい事情は分からない。ただ、日本人離れした顔である理由を見つけただけだ。
 拓人さんが、頭を抱えてうなだれた。

「……ヒナが泣くのは、俺には耐えられない」
「……」
「何もできない自分がいやになる」

 毎日ここに見舞いに来ている比奈は、表面上は花を買ったりタマのことを話したり楽しそうにしている。でも、さっきの泣き声がすべてを物語っていた。あの子は感情を押し殺すことに慣れていない。だから余計に苦しそうに見える。

「起きたら、とりあえずぶん殴ってやんないと」
「……はは、物騒だな」

 中庭から見える空は、すっかり秋の色をしている。