あなたの元へ還りたい
04

「先輩、今日、比奈花束持ってきたです」

 お花屋さんできれいなの売っていたから、という言葉は飲み込んだ。
 脇のテーブルに花束を置いて、すやすやと眠る先輩の顔をじっと眺める。すっと通った鼻梁がきれいで、白い肌が光を反射して複雑な白さで輝いている。
 先輩の腕から伸びるチューブの先には点滴のパックがあって、何かよく分からないけれど、数字とアルファベットが書いてある。
 もう三日、先輩は目を覚まさない。

「タマがねえ、お座り覚えたですよ」

 パイプ椅子を組み立ててベッドの横に座って、先輩の髪を撫でる。いつもは先輩から触れられることのほうが多くて、自分から触れるのは少しどきどきするけれど、ほんわかしたこの気持ちは悪いものじゃない。先輩も、あたしに触れるとき悪くない気持ちなら嬉しい。

「拓人さんのおうちで寂しがってるから、はやく連れて帰ってあげてね」

 タマは、誰もいなくなった先輩のおうちから、拓人さんのおうちへ引越しした。拓人さんは仕事が夜遅かったり朝早かったりすることが多くて、きっとタマは寂しい思いをしている。
 だから、はやく目を覚まして。

「先輩いないと、タマも梨乃も拓人さんも比奈も、みんな寂しい」

 少しだけ拓人さんに聞いた、先輩の話。先輩は、あの日拓人さんといたルカさんという人の息子だけど、違うお父さんのもとで育てられて、お母さんははやくに亡くなってしまっていてひとりぼっちだったこと。あの日ルカさんを見て自分の父親だって分かって思わず逃げてしまったらしいこと。先輩は、ルカさんのことをよく思っていないこと。
 繊細なガラス細工のような指と、自分の指を絡ませる。そのつないだ手に、ぱたりとしずくが落ちた。
 気づいて。先輩は今ひとりぼっちじゃない。あたしがいて、梨乃がいて、拓人さんがいてタマがいて、ひとりぼっちじゃない。はやく気づいて。

「うぅー……」

 ねえ、目を覚まして。
 あたしは、絶対先輩をひとりにしたりしないから。