ギリシア彫刻が微笑う
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「ciao bella」
「あれっ、拓人さん」
ホームルーム終了後、比奈と学校を出ると、校門近くに止められたワゴン車に背を預けた拓人さんが立っていた。サングラスをすっと下げてウィンクを送られ、思わず鳥肌が立つ。
「今日もふたりは可愛いね、リノ、髪の毛切った?」
「今日も拓人さんはうざったいですね」
自分で数ミリ前髪を切っただけで、比奈もクラスメイトも誰も気づかなかったのに、なぜ彼は気づくのだろう。イタリア産だからなのか?
思わず舌を巻いて前髪を触ると、似合ってる、と微笑まれる。
「どうしたのですか?」
のん気に比奈が首を傾げて問う。拓人さんは、ああ、とつぶやき少し顔を曇らせ先輩はいるかと聞く。
「先輩なら、今日は休みですよ」
「電話しても出てくれないんですよう……病気かなぁ……」
まあどうせ、いつものサボりだとうとは思うが、比奈と付き合い始めてから授業はとにかく学校自体はあまりサボっていなかったから、少し心配だ。電話に出ないというのも比奈の心配に拍車をかけている。今からお見舞いに行こうと思っていると言う比奈にうんうんと頷いていたら、目に見えて拓人さんの顔色が変わった。
「……休み?」
「はい」
もともと白いけれど、その顔がどんどん青ざめていく。なんだろうと思っていると、拓人さんが携帯を取り出して、震える指でボタンを押し始めた。
「拓人さーん?」
「Pronto!?」
拓人さんは、電話越しに相手にものすごい剣幕で怒鳴りだした。耳慣れない言葉は、恐らくイタリア語なのだろう。時折、尚人という単語が聞こえるから、先輩絡みの相手であることは分かるが、だからどうというわけでもなく、相手に見えるはずもないのに腕を振り回し頭を抱え、異国の言葉で怒鳴り散らす拓人さんを呆然と見ているしかできない。校門で突然始まった男前の外国人によるパフォーマンスにじろじろと視線が痛い。なんにも気にしていないふうな比奈が心から羨ましいや……。
ブチッと音がしそうなくらいに派手に電源ボタンを押し、何やらいまいましげに呻いて、拓人さんは持っていた携帯を投げ捨てた。
「えぇー!」
そのモーションに悲鳴を上げたのは比奈で、慌てて携帯を拾い上げて拓人さんに差し出す。受け取った拓人さんは、我に返ったようにはっとして、ありがとうと小さく言って、それから途方に暮れたように立ち尽くした。
その顔は真っ青で、目には焦りがありありと浮かぶ。顔を覆ってうなだれ、小さく俺のせいだとつぶやく。
「あの、どうかしたんですか?」
「……サトが、」
ヒサトが倒れた。
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