ギリシア彫刻が微笑う
12

「桐生くんって、ああいうきれい系の子が好きだったんだね」

 あゆむの大事な恋人である旭さんが、教室の窓から中庭を見下ろして呟く。視線の先には、体育で外に出ている比奈ちゃんと梨乃ちゃんがお喋りしながら歩いている姿があった。……きれい系?

「って、俺の彼女どっちか知ってる?」
「あっちの髪の長い子でしょ?」
「違う違う、あっち」

 梨乃ちゃんを指差す旭さんに、あっち、と比奈ちゃんを指差して訂正すると、目を見開かれた。そんなに意外ですか。

「でも、あゆむが背が高くてきれい系の女って言ってたよ」
「あちゃあ……」

 勘違い源はそこか。
 思わず頭を抱えると、比奈ちゃんが俺のほうを見て手を振った。振り返すと、梨乃ちゃんがこちらを振り向き殺意のこもった視線を向けてくる。首をかしげると、馬鹿という叫び声が耳に、中指を立てるという下品極まりないサインが目に飛び込んできた。どうせ、あゆむの勘違いを信じた誰かに桐生尚人の女呼ばわりでもされたのだろう。ご愁傷様だ。とりあえずごめんと合掌しておく。
 比奈ちゃんは何がなんだか分かっていないようで、不思議そうに俺たちのやり取りを見ていた。

「ちっちゃくて可愛い子だね」
「まあね」

 にこにこしながら旭さんが比奈ちゃんを見ている。

「お話ししてみたいなぁ」
「昼休みとか、たいてい中庭か屋上でご飯食べてるよ」
「そっか。なんか妹にほしい感じ」

 中身はともかく、たしかに外見は少し細すぎる点を除けば女の子らしくて可愛らしい。ちょっと目が大きすぎて、なんだか零れ落ちそうで怖い時もあるが。
 なんて言っている間に、かわいこちゃんはグラウンドのほうへ行ってしまった。
 昼ご飯はいつも約束をしていないから会えるかどうかは運だが、なんだか今日は旭さん相手に彼女のことを自慢したい気分だ。

「ちょう可愛いよ」
「桐生くんってそんなこと言う人だっけ?」
「うわ、旭さんの中での俺のイメージとは」
「クールビューティ?」

 まあ冷めている自覚はあるし自分の容姿が得になることも理解しているので間違いではないのだけど。
 そのまま旭さんにちょっとのろけて、次の授業をさぼるべく教室を出る。その直前に黒板の横の壁に掛けられたカレンダーを見て、俺はそれを思い出した。

「……ああ」

 もうそんな時期か。
 カレンダーの日付を指でなぞると、まるで戒めるように、様々なことが、ひとつひとつかけらが胸に突き刺さるように断片的に思い出されて、寒くもないのに身体がふるりと震えた。
 ふ、と暗い感情が目を覚ます。
 初めて愛しいと思える存在に出会えた、騒がしく楽しかった夏の記憶をかき消すかのように、窓から入り込んできた風が首筋を掠めて襟首を揺らした。