出会い誤解そして和解
06

「……! せせせせせ先ぱ」
「尚人、て呼んでみよっか?」

 窓から、梨乃ちゃんがひとりで帰るのを見た。
 昨日も一昨日も、比奈ちゃん(漢字は、昇降口で調べた)と一緒だったのに、と思って悪いとは思いつつ彼女の靴箱を覗くと、ローファーがあって彼女がまだ校内にいることを教えてくれる。
 教室をはじめ職員室や保健室、寄りそうな場所や呼び出しを受けそうな場所をくまなく探し、図書館にたどり着く。
 中に入ると、独特の静けさが俺にまとわりつく。あまり、この空気は好きではないな。背中がひどくむずむずする。
 貸し出しのカウンターにも入り口すぐのPCテーブルにも誰もおらず、奥のほう、人気のない静かな本の森の中から、「むむっ」と唸る高い声がした。
 物音を頼りに近づくと、プルプルとふくらはぎを震わせながら背伸びしている比奈ちゃんを発見した。
 何をやっているんだと思い本を戻してあげて声をかけると、めちゃくちゃどもりながら先輩の一言を紡ぎだす。

「ね? 呼んでみな、ひさと」
「あっあっあの」

 逃げられないように両腕を彼女の体の両脇についてバリケードをつくり、耳元にふっと息を吹きかけると、肩が跳ね上がって短い悲鳴が漏れる。あんまり面白すぎる反応をしてくれるなよ、だからからかいたくなっちゃうんじゃないか。

「せせっ先ぱっ、ど、ど、どいてください……」
「だから、尚人って呼んでよ」

 耳元に口を寄せたまま粘っていると、観念したのか小さく俺の名を紡ぐ声が聞こえた。
 それから、彼女はそっと振り返る。あ、その顔。

「先、ぱい?」
「尚人でしょ?」

 本を腕に抱いたまま、比奈ちゃんは俺をじっと見た。ちかちかとまつげに溜まるほど涙が表面張力で揺れていて、それで俺は彼女が何を思っているのか理解する。

「あの……」
「ああ、俺は名前呼んで、ってお願いしただけ。呼んだら離してあげるなんて、一言も言ってないよね?」
「……」