ギリシア彫刻が微笑う
05

 タマに昼飯をやり、仕事へ行くという拓人を見送り、野菜ジュースで簡単に食事を済ませてスウェットからジーンズとTシャツに着替える。

「いい子にしててね」

 玄関までついてきたタマにそう言うと、分かっているかのように鳴いた。
 家を出て鍵をかけ、携帯で時間を確認する。この時間なら、待ち合わせにじゅうぶん間に合うだろう。
 メールが三件、着信が五件。さすがに、無視をするのも忍びないが、連絡を取ったからといって会えるわけがない。俺には比奈ちゃんがいるのだから、他の女の子と遊ぶなんてありえない。浮気は犯罪行為だと幼い頃から言われていたせいだろうか。
 携帯を上下にスライドさせながら、しばし考える。
 このまま無視して徐々に連絡が来なくなればいいけれど、それでも完全に切れたとは言えない。いっそ携帯を買い換えようか。いや、以前そうやって音信普通になったら割り切れない、遊びに向いていない子が高校まで押しかけてきたこともあるし、第一うやむやにしていて比奈ちゃんに怒りの矛先が向かないとも言い切れない。

「ひとりずつ切るか……」

 アドレス帳を開くと、親しい子から顔が浮かばない子まで百件を軽く超える女の子の名前、名前、名前。相手は選んできたはずだから、しつこい子はそう多くないだろうが、理由くらいは言っておいたほうがいいのだろうか。
 とりあえず、彼女ができたからもう会わない、という旨のメールをしたためちまちまと一件ずつ送信していく。途中まで送信した時点ですでに何通か返信が来ていたが、待ち合わせ場所まであと数十歩というところだったので、携帯の電源を落としてしまう。返事なんかは、今日家に帰ってからすればいい。

「先輩!」
「おはよう」

 ぽやぽやとした笑顔で駅前の像の前に立ち、俺を見て手を振る比奈ちゃんに、手を上げて返事をする。
 今日は、比奈ちゃんと初めてのデートなのだ。梨乃ちゃんや拓人もおらず、タマをだしに使って家で会ったりもしない、初めてのデート。

「どこ行くんだっけ」
「みなとみらい!」
「ああ……」

 そういえば、彼女のたっての希望で、初デートは遊園地と決まったのだった。それでなぜか、みなとみらいのコスモワールドになった。もっとでっかいテーマパーク候補あったろ、と思うけれど。