ギリシア彫刻が微笑う
06

 とはいえ、みなとみらいはともかく俺もコスモワールドには行ったことがない――というか、そもそも遊園地に行ったことがない――ので、そういう意味ではまあ楽しみではある。
 そういえば、比奈ちゃんと付き合うことになったと一応報告したとき、梨乃ちゃんは「おめでとうございます。初デートは遊園地で、観覧車のゴンドラがてっぺんにきたところでファーストキスですね」とめちゃくちゃステレオタイプの演出を真顔で言ってのけた。すでに初キスは付き合う前になんとも情緒なく奪ってしまいました、なんて言ったら確実に殺されるだろうから黙っていたが。
 隣をひょこひょこ歩く比奈ちゃんの手を、なんとなく握ったら、ぴきっと硬直して俺を赤い顔で見上げてきた。……可愛い。

「手、つないでも平気?」
「うっ、えと、心臓痛い……」
「そう?」

 恥ずかしい、という意味だろうか。胸を押さえて目をぎゅうっと閉じた比奈ちゃんが、首をぶんぶん横に振って、軽く手を握り返してくる。

「がんばる!」
「え? うん、がんばって?」

 いったい何をがんばるのだろう。
 ほんとうならぐちゃぐちゃに絡めたいところだが――いやらしい意味はまったくないよ――比奈ちゃんはだいぶ恥ずかしがっているので握る程度におさめておいた。

「あー、可愛い!」
「なにこれ」

 コスモワールドの敷地に入ってすぐのところにあった、アイスワールド。中に入るとクリオネがいた。ぴょんぴょん跳ねるクリオネを、ガラス越しに一生懸命見つめる比奈ちゃんは、ここに入った本来の目的を忘れている。

「比奈ちゃん、行こうよ」
「あ、はぁい」

 水槽の横のドアを開けると、死ぬほど寒い北の世界だった。マイナス30℃の世界って、こんなに寒いものなのか。真夏なのにいきなり鳥肌の立つ温度って、これ身体に悪くないか。

「寒いぃ」

 比奈ちゃんが歯をがたがた震わせながら腕をさすりつつ小さくジャンプする。何をしているのかと聞くと、動けば暖かくなりそうだから、と返ってきた。そんなことするならそもそもここに入らなければよかったのに。
 とは言え、一番最初に目に付いた絶叫アトラクションを俺が指差すと、あれは無理、と青ざめた比奈ちゃんが、ここなら大丈夫と選んだのがこのアイスワールドなのだ。絶叫系がだめとなると、ここにあったほとんどのアトラクションに乗れないことになると思うのだが、来た意味は果たしてあったのだろうか。