海に恋して君に恋して
11

「海! 海、海!」
「ストップ比奈ちゃん」

 今にも服のまま突っ込んでいきそうな具合にテンションの上がった比奈ちゃんの肩を引いて待ったをかける。
 梨乃ちゃんがどこからか入手してきたロッカークーポンに記されていた海の家の名前を探して、砂浜を少し歩く。待ち切れなさそうにきょろきょろする比奈ちゃんの横には、なぜか拓人もいる。

「汚い海だな……」
「お前、文句ばっかり言うなら帰れよ」

 比奈ちゃんと拓人はすっかり仲良くなってしまったようで、彼女は男嫌いのはずなのに、彼には初対面から懐いている。そういえばタマも拓人に懐いていたな、動物に好かれやすい男なのか?

「あ、ここだ」

 『サンシャイン』と書かれた看板を指差し、梨乃ちゃんが肩に担いでいた荷物を抱えなおす。そのまま、男女に分かれてロッカーに入った。

「……本当に、あんな汚い海に入るのか?」
「嫌なら帰れよ。悪かったな、汚い海で」
「いや……」

 イタリアの海がどんな景色かなんて興味がないし、海が汚いのは俺のせいではないのだけど、こうも言われるとなんだかむかつく。
 着替えながらぶつぶつぼやく拓人をほうって、水着に着替えた俺は白い半袖のパーカーを着て外に出た。
 なぜパーカーを着るのか、理由はふたつある。ひとつは、無駄に白い俺の肌が紫外線に弱いからで、もうひとつは。

「うわあい!」

 浮き輪を抱えてこちらに向かって走ってくるあの子に肌を見せないためだ。見ていると、男の人にぶつかりそうになって顔を上げた比奈ちゃんが、上半身裸のその男を見てびくっと肩を大きく揺らした。あとから、梨乃ちゃんが言わんこっちゃない、と言いたげな顔でついてきている。

「すみません、暑いのにパーカー着用なんて義務付けて」
「いや、焼けるの嫌だし、別にいいよ」
「あれ? イタリア男は?」
「まだだけど」

 なぜ彼女が彼をイタリア男なんて名前で呼ぶのかというと、まあ、なんだ、いろいろあって、コイツうぜえという結論に至ったらしい。面倒なので詳細は省くが、気の強い美人顔の梨乃ちゃんは、あの伊達男に絡まれて先日散々な思いをしていた。

「ふう。日差しは弱いから、助かるな」
「お前何してたんだよ」
「日焼け止めを塗っていたんだ。ヒサトも塗るか?」
「いや、別に」

 なるほど、白人の血が濃いし、水脹れになるのだろうな。青い目を隠すサングラスもしていて、ほんとうに伊達男と化している。さっきから女の子の視線が痛い。

「海ー!」
「先輩、比奈のことよろしく頼みましたよ」

 待ちきれなくなった比奈ちゃんが、海へ突っ込んでいく。梨乃ちゃんの声に背を押され、慌ててそれを追いかけた。
 ピンクのフリルが可愛い水着を着た比奈ちゃんを追って海に入ると、途端にパーカーが水を吸う。潮に晒されるのを肌で感じながら、このパーカーはもう二度と着られないかもしれないな、とぼんやり思った。
 ところで、あのふたりは水に入らないのか? ふっと振り向くと、かき氷のカップを抱えたふたりが目に入り、しかもなんだか意外に和やかな空気だったので、まあいいかと思い俺は目の前に迫っていた比奈ちゃんの浮き輪の紐を掴んだ。

「ぎょっ」
「あんまり沖まで行ったら危ないよ。泳げるの?」
「むりっす!」
「……」

 いいこと思いついた。