海に恋して君に恋して
09
俺の力が抜けたのを見逃さず、男は素早く玄関に滑り込み内側から戸を閉めた。そして、腕を引っ張られ、俺はふたりとともに部屋に戻ることになった。
「タクトさん、て日本人ですか?」
「Giapponeの血は四分の一しか入っていないが、国籍はGiapponeだよ」
「ジャポネ?」
「Aha,Japanのことだ」
「タクトっていうのは、日本語?」
「Si,開拓する人、と書いて拓人だ」
「ふーん。比奈は比奈です!」
「イーナ?」
「ひな!」
「ヒナ……so cute name!」
「英語も喋れるの?」
「ああ、他にも何ヶ国語か話せるよ」
「すごーい!」
発音の問題なのか、ヒナがどう聞いてもイナに聞こえる。フランス語ってたしか頭のhを発音しないんだったよな、イタリアもそうなのかな。
イタリア? イタリアなんか嫌いだ、クソ食らえだ。拓人なんかさっさと帰ればいいのにと思いつつ、しっかり三人分のグラスを出してアイスコーヒーを注いでいる自分に嫌気が差す。女の子を相手にしているうちに根付いてしまったサービス精神が憎い。
「飲んだら帰れよ」
「えー」
「えー」
「比奈ちゃんはいいよ。でもお前は帰れ」
「泊まるところがない」
「電車でニ、三駅行ったところにラブホ街がある」
「Love for guy?」
いくら従弟とは言え初対面に近い俺の家に、まさか泊まるつもりだったのか。
しっかりくつろいでいる男と、タマと戯れる比奈ちゃんを見て、今の発言は彼女の教育上よろしくなかったかと少し思ったが、俺たちの会話はまるで聞いていなかったようだ。
「ヒサト、真剣な話だ」
「はいはい。帰れ」
「引越ししないか」
「出来ない。帰れ」
「なぜだ? ユウトに会いたくないだろう?」
「……出来ないんだよ」
「だから、なぜ」
なぜって、この男は「俺はあの人のヒモでこの部屋はあの人名義で借りているものだから、引越しだのなんだのは勝手にはできません」と言わせたいのだろうか。しかも、比奈ちゃんの前で。