OMAKE
深爪

 撮影の都合で尚人くんの爪にマニキュアを塗ることになった。口元を手で覆い隠すカットで、尚人くんの青い目をメインに白っぽい色合いで撮りたかったが、爪に色がついていたらいいよね、という話になったのだ。
 深爪気味の尚人くんの爪をやすりで整えていると、尚人くんがぽつりと呟いた。

「マニキュアを塗っている女の子って、可愛いですよね」
「ああ、最近はいろんな柄とかもあるしね」
「いえ、そうじゃなくて」

 ふと顔を上げると、尚人くんは何かを思い出すように微笑んでいて、その魅惑の笑顔に少しだけ胸が高鳴る。おっと、仕事仕事。

「塗っている、過程が好きなんです」
「マニキュアを塗ってる最中の姿っていうこと?」
「ええ。一生懸命で、幸せそうでしょ」
「ふうん」

 いったい何を思い出しているのやら。その蠱惑的な微笑の裏に何があるのか想像しながら、爪の表面をバッファで整える。
 それにしても、きれいな形の爪だな。

「尚人くん、少し爪を伸ばしてみたら?」
「え?」
「スクエア型にしてさ、それできれいにしたら、すごくいいと思う」

 ベースコートを刷毛にとって、その形のいい爪に塗っていく。尚人くんは何か考えるように自分の爪を見た。
 少し中性的な魅力のある細い手に、きっときれいに伸ばしてスクエアにした爪は似合うと思う。そう考えながら、右手を終えて今度は左の指の爪にベースコートを伸ばす。
 集中していると、尚人くんがくすっと笑った気配がして、少しだけ目線を上げる。

「駄目ですよ、そんなの」
「どうして?」
「だって、爪を伸ばしたら……」

 右手の指先を見ながら、尚人くんはなんでもないように呟く。

「彼女のこと、触れないでしょ」
「……は?」
「深爪気味じゃないと。傷つけたら大変だし」

 それが、どういう「触る」を意味するのか分かって、私はなんだかおなかいっぱいになってしまう。
 爪に乗せる色を吟味しながら、深々とため息をつく。

「尚人くんって、そういうこと言うの照れたりしないよね」
「だって照れる必要がない」
「はいはい」

 少し笑った尚人くんの手を取って、選んだマニキュアを塗る。尚人くんはぽつんと呟いた。

「やっぱり、女の子の爪は、ピンク色が好きかな」
「ああ……ナチュラルな」
「うん。桜色」

 意外と保守的だなあ、と思っているうちに、尚人くんの爪は黒と青に染まった。空のような深い青と、吸い込まれるようなブラック。
 カメラの前に立つ尚人くんは、さっき彼女の話をしていた時とはまるで別人みたいになって、惚れ惚れしてしまう。彼の切り替えのすさまじさは、筆舌に尽くしがたいものがある。
 と、そこへ彼のマネージャーがやってきた。

「Ciao,bella」
「お疲れ様です」

 世間話のついでで、さっき尚人くんが言っていたことを言うと、彼は眉を上げて首を振った。

「いや、その触るは、普通の触るだと思うぞ」
「え」
「ヒサトは、恋人を綿菓子か何かだと思っているからな」
「……」

 にやにやと笑いながら撮影風景を眺めるマネージャーを横目に私は、尚人くんに対する見解を少し改めなければなるまいな、と考えていた。


20131012