OMAKE
ねむたくん

 眠たい。無理がたたってる。なんせ撮影が押しに押して、深夜に終わる予定が午前三時までもつれこんで。それから、拓人の運転する車で家まで帰って、拓人だって寝てないんだから助手席で寝るっていうのも気が引けて、っていうかそこで寝たらもう引き返せなくなりそうで眠れなくて、ふらふらで家まで帰ってきたらこれだもん。

「……比奈、比奈」
「ん」

 リビングのソファで、比奈が丸くなって寝ている。ダイニングテーブルを見ると、ラップのかかった夜食が置いてあって、俺を待っているうちに眠ってしまったことは間違いなくて、申し訳なくなる。
 もともと不眠症だったこともあって、最近の俺は眠りに対して相当強い欲求を抱えている。寝るのって、気持ちいいって、知ってしまったから。
 比奈の肩を揺すると、ふわっと目を開けて黒目をうろうろさせる。

「……せんぱい?」
「ただいま。こんなとこで寝たら、風邪引いちゃうよ」
「こなとこ?」

 ぐしぐしと目をこすりながら起き上がった比奈が、辺りを見回してハッと目を見開く。

「ひ、比奈先輩待ってたのに!」
「ん。ただいま」
「寝ちゃった!」
「うん。ベッドで寝よ」
「先輩、ねむたくん?」

 なんだねむたくんって。

「うん。ねむたくん」
「比奈はねー、もう起きた!」
「……そう」

 じゃあ、さみしいけど独り寝か。そう思いながら、名残惜しくもちらりとテーブルの上のご飯を見て寝室に向かう。ちなみに、睡眠欲は増したけど食欲は俺は相変わらずだ。
 ぱっちり目を開けた比奈が、とたとたと俺のあとをついてくる。

「比奈?」
「添い寝してあげるの!」
「そいね……?」

 眠すぎて、比奈が何言ってるのかよく理解できないんだけど、えっと、そいねってなんだっけ。
 ソイネ、そいね。……ああ、添い寝か。
 そういえば、シャワー浴びてない。まあ、もう涼しい季節だし明日の朝浴びればいいかな……もう眠い。
 寝室のドアを開けると、比奈がベッドの枕元に正座してシーツのしわを軽く正して、それからぽふっとベッドを叩いた。

「おやすみなさい!」
「……うん」

 もう正直着替えるのも面倒くさい。シャツとジーンズだし、いいか。
 比奈が叩いたそこに横になると、ちょうど比奈のショートパンツから伸びる細い足が目の前にきた。ほんと細いな、ちゃんとご飯食べたのかな、もうちょっと太ってくれたほうが俺的には触り心地が……。
 そんなとりとめもないことを考えていると、比奈の細い腕が伸びてきて、俺の髪の毛を撫でた。

「お仕事、お疲れ様」
「……比奈ちゃん」
「ちゃん?」
「比奈ちゃん、疲れた」
「ゆっくり眠るですよー」
「うん」

 眠くて、思考がうろうろになってくる。そっと目を閉じると、髪の毛をすく指の感触が気持ちいい。とろとろに甘やかされている気持ちになる。
 こんな安らかな眠りは、比奈じゃないと。こんな穏やかな気持ちは、比奈じゃないと。
 髪を撫でたり頭をぽふぽふしたりする手が気持ちよくて、俺はいつの間にか、深い眠りに落ちていた。


20130924