OMAKE
ハニー&アップル
ご飯をつくっていたら、がちゃっと鍵が外れてドアが開く音がした。はっとする。
「おかえりなさい!」
お玉を持ったまま飛んでいって、先輩をお迎えすると、にっこり笑って先輩がただいまって言う。
「お仕事、お疲れ様!」
「うん、ありがと。風邪大丈夫?」
「あの、喉がちょっとだけ痛い」
「うん。無理しないでね。今日の晩ご飯、何?」
靴を脱いで、そっとあたしを抱き寄せておでこにちゅうしてから、先輩はそう聞く。先輩はとっても心臓に悪い。
「あのあの、えと、今日は定食……」
「ああ。何の?」
「しゃけのレモンバター焼き」
「そか」
お味噌汁とご飯と、おかずとサラダのとき、相沢家ではそれを定食って呼ぶ。昔にそう教えたら先輩は「なんか、家庭的な感じだね」と言って笑った。意味がよく分からなかったけど、先輩が喜んだから、別に、いい。
荷物を置きに寝室に向かった先輩の背中をちょっとだけ眺めて、あたしはコンロのスイッチをつけっぱなしだったことを思い出してキッチンに戻る。お味噌を溶いて、フライパンをあたためる。
「比奈」
「う?」
着替えた先輩がキッチンにやってきた。Tシャツにスウェットでも、とてもかっこいいのです。
「はい、おみやげ」
「うん?」
ぱっと作業していた手を取られて、左手の指をぐにぐにと絡ませられる。かあっと顔が赤くなった気がしたけど、先輩は今背後にいるので気づいていないはず……!
「比奈顔赤いよ」
「なぜばれた!」
「は?」
きょとんとした先輩は、そのままあたしの顎をくんっと指で持ち上げて口を開かせた。そして、そこに何かを放り込む。
「むぐ」
そのまま先輩の指は、あたしの顎をなでなでしている。むむむ。
そっと、口に放り込まれたものに舌を這わせると、甘い味がした。飴ちゃん……?
「喉、痛いんでしょ?」
「ん」
「のど飴、買ってきたから」
ちゅっと先輩の唇がほっぺに降ってくる。
「あの、あの」
「ん?」
「ご飯、用意しなきゃ」
「うん……」
「せ、先輩」
「比奈、ちょっと痩せた?」
「え?」
顎をふにふにしながら、先輩は気遣わしげに眉を寄せる。うう、かっこいい。
「なんかまた、触り心地が変わった気がして……」
「や、痩せてない、ですよ?」
「じゃあ、風邪のせいかな。やつれちゃったのかな」
「えと……きゃう!」
かぷっと鼻の頭を噛まれて、変な声が出る。
そのままそのおっきい手はあたしから離れていって、先輩はキッチンから姿を消す。し、心臓に、悪いのです……。
ご飯の準備を再開して、あたしは口の中でのど飴をころころ転がす。……リンゴの味がする。
しゃけをバターで焼いて、仕上げにレモンを絞ってダイニングテーブルに持っていく。
「ご飯です……」
「元気ないね。顔赤いし……やっぱり、風邪まだ治ってないんじゃ」
「うっ、う、先輩の、おばか!」
「え、なんで」
顔が赤いのなんて、全部先輩のせいだもん! おばか!
20130924